エッセイ · 現代アート

フェリックス・ゴンザレス=トレス(Felix Gonzalez-Torres)「"Untitled" (Portrait of Ross in L.A.)」

Felix Gonzalez-Torres. "Untitled" (Portrait of Ross in L.A.).

肖像は小さくなることがある。

フェリックス・ゴンザレス=トレス「"Untitled" (Portrait of Ross in L.A.)」:隅に集められた色とりどりの包み紙のキャンディの山

フェリックス・ゴンザレス=トレス財団 · Felix Gonzalez-Torres Foundation



隅のキャンディの山

展示室の隅、床の上に、キャンディの山がある。色とりどりの光る包み紙の菓子、どこでも売っている大量生産のもの。台座もガラスもない。壁のラベルにはこうある。「"Untitled" (Portrait of Ross in L.A.)」、1991年。

来場者はかがんでひとつ取ってよい。多くの人がためらう。美術館では何にも触れないことに慣れている。ここでは、何かを持ち去ることが作品の一部である。

フェリックス・ゴンザレス=トレス財団は、素材を「さまざまな色の包み紙のキャンディ、無限の供給」と記している。寸法は設置のたびに変わる。固定された数字はひとつだけ。理想体重175ポンド、約79キログラム。

作品はシカゴ美術館の所蔵で、世界の多くの美術館で展示されてきた。

ロス

タイトルのロスとは、作家のパートナー、ロス・レイコックである。ロスは1991年、エイズに関連する合併症で亡くなった。ゴンザレス=トレスも1996年、エイズで亡くなった。

175ポンドという数字は、健康だったころのロスの理想体重としてよく読まれる。シカゴ美術館はもっと慎重だ。その数字は成人男性の平均体重かもしれないし、名指された人の理想体重かもしれない。作家はそれ以上の説明をしなかった。その不確かさも作品の一部である。

1990年代初めのアメリカで、エイズは流行病であり、沈黙でもあった。病んだ人は目に見えて痩せていった。ゴンザレス=トレスはその体を見せなかった。日ごとに小さくなるキャンディの山を見せ、理解を見る人に委ねた。

タイトルはいつも、引用符つきの「"Untitled"」で始まる。括弧の中が、彼が見る人に鍵を手渡す場所。Portrait of Ross in L.A.。ひとりの人、ひとつの街。

取ることと補充すること

来場者がキャンディを取るにつれ、山は形を変える。ずっと低くなる日もあれば、ほとんどなくなる日もある。そのとき美術館は補充し、元の重さに近づけることがある。シカゴ美術館の説明によれば、この変化は二つの側から生まれる。来場者は関わるかどうかを選び、美術館のスタッフは補充、構成、配置を決める。

だから作品には二つのリズムがある。ひとりひとりが一粒ずつ取る、喪失のリズム。美術館が注ぎ足す、継続のリズム。どちらも完全には勝たない。肖像は決して消えないが、決して止まってもいない。

これが記念碑との違いである。石の記念碑は永遠に残ろうとする。キャンディでできた肖像は運び去られることを受け入れ、つくり直されることで生き延びる。

なぜ一粒のキャンディがこれほど重いのか

菓子は、想像しうるほとんど最も小さな物である。安く、甘く、子どもっぽい。口の中で数分で溶ける。あまりに軽いからこそ、言葉なしに、とても重いものを運ぶことができる。

キャンディを取った人は、知らないうちに物語の一部になる。肖像を小さくする。同時に、その一片を美術館の外へ、通りへ、家へと運ぶ。こうしてロスの記憶は、何千もの見知らぬ人々のあいだで分かち合われる。

ほかにも、壊れやすい物を通して死者をとどめる作品はある。たとえばクリスチャン・ボルタンスキーの心臓音のアーカイブ。けれど、これほど簡単に、口の中に、コートのポケットに、不在の人を連れて行かせる作品は少ない。