エッセイ · 近代美術

マルセル・ブロータース(Marcel Broodthaers)。「Casserole and Closed Mussels」。

Marcel Broodthaers. Casserole and Closed Mussels.

空の殻は、なかに生きていたものの形をまだ保っている。

マルセル・ブロータース「Casserole and Closed Mussels」:樹脂で固めたムール貝の殻でいっぱいの、木の持ち手のついた鉄鍋。蓋は高く押し上げられている

Tate · Tate



殻でいっぱいの鍋

「Casserole and Closed Mussels」は1964年に制作された。作品を所蔵するテートは、素材をこう記している。ムール貝の殻、顔料、ポリエステル樹脂、そして木の持ち手のついた鉄のキャセロール。

実物を前にすると、途中で止まった食事のように見える。鍋はありふれた台所のもの。なかでは殻が積み重なり、樹脂で固められて、縁より高く盛り上がる塊になっている。蓋は閉まらない。殻に押し上げられ、上に不安定にのっている。

殻はすべて閉じている。身もなく、汁もなく、湯気もない。固まった食事の形だけ。

題名も奇妙だ。台所ではよく、加熱しても閉じたままのムール貝は捨てるべきだと言われる。ブロータースは閉じた殻だけでひとつの作品をつくった。彼がその決まりを念頭に置いていたかどうかは、誰にも断言できない。けれど作品はその可能性を開いたままにしている。展示されているのは、捨てられるはずだったものなのだ。

詩人が物をつくると決める

マルセル・ブロータースは1924年にブリュッセルで生まれ、1976年に亡くなった。およそ二十年のあいだ詩人であり、新聞に寄稿し、美術界のまわりで雑多な仕事をした。詩はほとんど売れなかった。

1964年、四十代で、彼は視覚芸術家になると宣言した。最初にしたことのひとつは、売れ残った詩集「Pense-Bête」を石膏に埋めることだった。本はもう読めなくなったが、見るものになった。同じ年、ブリュッセルで最初の展覧会を開いた。

ムール貝の鍋はその時期から生まれた。外から芸術に入ったばかりの人の気質を帯びている。好奇心と疑いを同時に抱いて美術界を眺める気質だ。鍋は料理人について何も語らない。残ったものを差し出すだけだ。

ムール貝、鋳型、アイデンティティ

ムール貝の蒸し煮はベルギーでありふれた料理で、たいてい大鍋で煮てそのまま供される。ムール貝の鍋をギャラリーに置くことは、訪れる人が重厚な芸術作品を期待する場所に、国の象徴を置くことだ。

フランス語の moule は、ムール貝と鋳型の両方を意味する。ブロータースはこういう語呂合わせを好んだ。ムール貝は自らの殻を分泌して形を保つ。鋳型は同じ複製を型取る。文化にも鋳型がある。そこに生まれた誰もが流し込まれる料理や習慣だ。

溶け合い、切り離せない殻を見て、群衆を、集団を、あるいは単に多すぎる食事を思う人もいるだろう。ブロータースは誰のためにも選ばない。物をそこに置き、冗談にその仕事をさせる。

内側からの風刺

数年後の1968年から、ブロータースは自宅に架空の美術館「Musée d'Art Moderne, Département des Aigles」を開いた。梱包用の木箱、絵はがき、ラベルでできた美術館だ。本物の美術館を嘲る偽の美術館だった。分類し、ラベルを貼り、何を芸術とみなすかを決める、そのやり方を。

ムール貝の鍋には、すでにその態度がある。最もありふれた物を最も厳かな位置に置き、なぜ殻の鍋の前でうやうやしく立っているのかと、見る人に考えさせる。

1960年代に食べものを芸術に持ち込んだのは、ブロータースだけではない。ダニエル・スペーリは夕食後のテーブルをまるごと壁に貼りつけた。けれどブロータースの鍋はもっと静かだ。ほとんど無言。終わった食事と、消えることを拒む殻。