エッセイ · 嗅覚アート

フェラン・アドリア(Ferran Adrià)「elBulli」、documenta 12 のパビリオンG

Ferran Adrià. elBulli, Pavilion G at documenta 12.

つくられた場所にしか存在しない作品がある。

シェフ、フェラン・アドリアの肖像。カラ・モンジョイの自らのレストラン elBulli を、documenta 12 のパビリオンGにした

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カッセルから千キロ以上離れたパビリオン

documenta は世界最大級の現代アートの展覧会のひとつで、5年ごとにドイツのカッセルで開かれる。第12回は2007年6月16日、芸術監督ロジャー・M・ビュルゲルのもとで開幕した。

ビュルゲルは、アート界が予想しなかった人物を招いた。スペイン、カタルーニャの海岸の小さな入り江カラ・モンジョイにある elBulli の料理長、フェラン・アドリアである。「Flash Art」によれば、アドリアは作家として documenta に招かれた初めてのシェフだった。

際立っているのは、その参加の仕方だ。アドリアはカッセルに厨房を建てることも、料理をガラスの向こうに並べることもしなかった。elBullifoundation によれば、レストランそのものが展覧会のパビリオンGとして扱われた。作品は、つくられた場所にとどまった。展覧会のほうが、他国の厨房を含むよう自らの地図を広げなければならなかった。

一日に二人

それほど遠いパビリオンには入り口が要る。elBullifoundation によれば、documenta の会期中、毎日二人がカッセルから elBulli へ食事に訪れた。彼らは二つの場所を結ぶ糸だった。ドイツの展覧会の街と、カタルーニャの入り江。

だから documenta の来場者の大半は、アドリアの作品を味わっていない。それがどこかに、毎晩存在することを知っていただけ。行った二人は証人だった。ほかの人はみな、その話を信じるしかなかった。

これは美術館がめったに向き合わない問いを投げかける。複製できず、運べず、味わった瞬間に消える作品を展示するとはどういうことか。documenta 12 の答えは単純だった。あるべき場所に置いたまま、人をそこへ連れて行く。

匂いと味は、展示するのが最も難しい感覚である。壁にとどまらない。体と、瞬間と、ごく短い距離を必要とする。documenta の elBulli は、その限界を乗り越えようとするのではなく、受け入れた。

新しい技法としての料理

elBullifoundation によれば、ビュルゲルはアドリアに、新しい調理技法を生み出すことは、偉大な絵を描くのと同じくらい複雑で骨の折れることだと語った。彼にとってアドリアの仕事は、美食の傍流ではなく、新しい芸術の分野だった。

当時の elBulli は、厨房を研究室として扱うことで知られていた。料理を出すだけでなく、技法、食感、温度、口の中で皿が変わっていくさまを試した。その探究の精神こそが、現代アートのキュレーターにそこに創造の実践を見させた。

数年後、2016年に「Flash Art」に掲載されたマウリツィオ・カテランとの対話で、アドリアは documenta を、料理と同じように何でも少しずつある場所として振り返った。アート界の感性を知ったことは自分にとって大切だったと語った。料理には美食を超えた影響があること、そして自分が最も大切にしているのはお金ではなく創造の自由と感動だということも強調した。

2011年、elBulli はレストランとしての営業を終えた。パビリオンGはもう存在しない。2007年の食事は、壁に掛ける物を何も残さなかった。それは食卓についた人々の記憶と、彼らがアート界に残した問いの中にだけある。作品は食べ尽くされうるのか。

アドリアは食を芸術に持ち込んだ最初の人ではない。多くの作家が食べ物を素材として用いてきた。食べられる文字をつくったリヴァニ・ノイエンシュヴァンダーのように。「Eatable Alphabet」を参照。けれど documenta 12 で初めて、料理人が作家として招かれ、厨房がパビリオンと呼ばれた。