エッセイ · 嗅覚アート

フライング・オブジェクト「Tate Sensorium」

Flying Object. Tate Sensorium.

どの香りも絵の読みであって、絵そのものではない。

テート・ブリテンの「Tate Sensorium」。音、匂い、味、触覚をともなう4点の絵画の展示

Tate · Tate



テート・ブリテンの暗い部屋

2015年の夏、ロンドンのテート・ブリテンのギャラリー34は、暗く閉ざされた空間になった。8月26日から10月4日まで、来場者は少人数のグループで入り、美術館のコレクションから4点の絵画を見た。けれど見るだけではなかった。聴き、嗅ぎ、味わい、何もないのに手に何かが触れるのを感じた。

プロジェクトの名は「Tate Sensorium」。その年の IK Prize を受賞した。テクノロジーを使って人々をコレクションに近づけるアイデアに贈られるテートの賞で、ポーター財団(Porter Foundation)が支援している。

つくったのはクリエイティブ・スタジオのフライング・オブジェクト(Flying Object)。そのまわりに、感覚ごとにひとりずつ専門家のチームが立った。ニック・ライアン(Nick Ryan)が音を担当した。匂いを扱うオデット・トワレット(Odette Toilette)が香りを。ショコラティエのポール・A・ヤング(Paul A Young)が味を。インタラクティブ演劇のつくり手アネット・ミーズ(Annette Mees)と、照明デザイナーのシス・オボイル(Cis O'Boyle)が空間を組み立てた。マリアンナ・オブリスト博士(Dr Marianna Obrist)率いるサセックス大学の SCHI Lab が触覚を持ち込んだ。

テクノロジーはかなりのものだった。バイノーラル音響と指向性音響が空間の感覚をつくった。香水の放出システムが、ちょうどよい場所とタイミングで匂いを届けた。超音波を使う装置が、空気を通して手に触覚を生んだ。そして来場者はそれぞれ、皮膚の電気的反応を測るリストバンドをつけ、体がそれぞれの絵にどう反応したかを記録した。

4点の絵、4つの嗅ぎ方

1点目は、フランシス・ベーコンの《風景の中の人物》、1945年の作。ぼやけた人物、草の広がり、空っぽの場面。「Tate Sensorium」はそのかたわらに、草と土の匂いを、機械と都市の音とともに置いた。来場者はまた、見た目はふつうだが、炭、海塩、カカオニブ、ラプサン・スーチョン茶を含むチョコレートを味わった。苦く、塩辛く、煙たい。

2点目は、デヴィッド・ボンバーグの《船倉にて》。1913年から1914年頃に描かれ、船倉で働く港湾労働者から着想を得た作品。画面はほとんど抽象で、幾何学的な破片に砕けている。プロジェクトは第一次世界大戦前の造船所の騒音と、絵具の匂いを加えた。

3点目は、リチャード・ハミルトンの《インテリアII》、1964年。清潔で、平らで、ひんやりした室内。音は、足音と紙のこすれる音が交互に。匂いは、ヘアスプレー、溶剤、家具用のつや出し剤。毎日、何度も何度も片づけられる家の匂い。

4点目は、ジョン・レイサムの《Full Stop》、1961年。スプレー塗料でつくられた大きな黒い円。ここで主となる感覚は触覚だった。音は超音波装置とともにやってきて、来場者は手の上に、落ちてくる絵具のような何かを感じた。何も触れていないのに。

再現ではなく、解釈

はっきり言っておくべきこと。これらの匂いのどれも、絵の本当の匂いではない。ベーコンはポケットにチョコレートを入れて草原で描いたわけではない。ハミルトンはヘアスプレーの缶を残していない。匂いは、彼らの数十年後を生きる人々による読み。

だからこそ「Tate Sensorium」は興味深い。解釈をむき出しにする。絵のそばの解説パネルも解釈だが、文字は中立に見える。匂いは決して中立には見えない。《インテリアII》の前でヘアスプレーを嗅いだとき、来場者は誰かがそれを選んだとすぐにわかり、同意することも、しないこともできる。

皮膚反応のリストバンドは、もうひとつの層を加える。美術館は、あなたがその絵をどう思うかを尋ねるだけではない。その前であなたの体が何をするかを記録する。来場者は、データの一部になる。

像に匂いを加えるのは新しい考えではない。1960年代、モートン・ハイリグの「Sensorama」は、すでに映画の観客に画面の場面を嗅がせようとしていた。「Tate Sensorium」はその問いを、ふつうは像だけで十分と考えられている絵画の美術館へ持ち込んだ。像が足りないと答えるわけではない。ただ示すだけ。美術館が触れようと触れまいと、どの鑑賞者もつねに鼻と耳と舌を絵の前へ連れてきているということを。