エッセイ · 嗅覚アート

ガラ・ポラス=キム(Gala Porras-Kim)「The motion of an alluvial record」

Gala Porras-Kim. The motion of an alluvial record.

湿った粘土は、まだ記録している。湿気もまた素材。

ガラ・ポラス=キム「The motion of an alluvial record」:暑く湿った部屋に置かれた湿った粘土の長い展示ケース、結露で曇ったアクリル板


マンハッタンの温室

2024年9月19日から12月7日まで、ニューヨークの Storefront for Art and Architecture は、ガラ・ポラス=キムの「The motion of an alluvial record」を展示した。ポラス=キムは1984年にコロンビアのボゴタで生まれ、ロサンゼルスとロンドンに暮らし制作している。

入るには、磁石で留められた重いビニールの垂れ幕を押し分ける。中は小屋のような部屋で、ほとんど温室だった。温度はおよそ27°C。湿度84%。空気は重く湿り、肌にまとわりついた。

部屋はメキシコ、ユカタン半島の湿地の気候に合わせてあった。来場者の快適さのためではなく、作品が自分の条件の中で生きられるように。

The Brooklyn Rail の評者は、何かを見る前に、土と鉱物の匂いがしたと書いた。湿った粘土の匂いだった。

粘土の槽と二枚のアクリル板

部屋の中央には、ユカタンの湿地の粘土で満たされた長い開放型の展示ケースが延びていた。粘土は何世紀もかけて、堆積の上に堆積が重なってできた。土地の地質の歴史と、そこに暮らした人々の痕跡を抱えている。

暑く湿った空気の中で、粘土は乾かない。やわらかいまま、流れることができ、変わることができる。水の中では、粒子は年代順にとどまらない。混ざり合う。古い層が浮かび、新しい層が沈む。

部屋の両端にはアクリル板が一枚ずつ吊られていた。一枚にはマヤ美術によく見られる睡蓮の蛇が描かれ、曇り止めが施されていた。来場者は結露の筋越しに、まだその像を見ることができた。

もう一枚の題は「Rain portrait」、副題は「Chaac's lacrimatory」。チャアクはマヤの雨の神、ラクリマトリーは涙を受ける小さな器。この板には何も施されていなかった。湿気が集まり、像は霧の中に消えた。雨の神の肖像は、雨に隠された。

湿気が素材になるとき

ポラス=キムは長く、美術館が物をどう保管するのか、誰の規則によってなのかを問うてきた。西洋の美術館にある多くの遺物は、不平等な条件のもとで他所から持ち去られ、美術館自身が定めた標準の温度と湿度のもと、ガラスの向こうに置かれている。

この作品はそれを反転させる。物を美術館の条件に持ち込むのではなく、ポラス=キムは物の出自の条件を展示室に持ち込む。部屋が粘土に仕える。その逆ではない。

エネルギーの問いも立ち上がる。ニューヨークの一室をユカタンのように暑く湿らせておくには電力がいる。美術館の収蔵庫を涼しく乾いた状態に保つのも同じ。評は、西洋の機関の気候基準そのものが持続可能性の問題だと指摘する。

この部屋では、湿気はもう取り除くべきものではない。集まり、流れ、ぼかす。来場者に何が見えるかを決める。評者は、結露が自らの生をもつ素材になっていく様子を書いている。

まっすぐ流れない時間

展覧会の新聞は、部屋の湿気をマヤの時間観に結びつける。一本の直線ではなく、流動し、めぐり、戻ってくるもの。沖積の粘土もそうだ。本のように過去を順番に保つのではない。水のように、すべて混ぜて保つ。

この展示は、メキシコ湾周辺の湿地をめぐる Storefront の一年間のプログラム「Swamplands」の一部だった。ルイジアナ、テキサス、ユカタン。フレッド・シュミット=アレナレス(Fred Schmidt-Arenales)とイマニ・ジャクリーン・ブラウン(Imani Jacqueline Brown)の展示に続くもの。ルイジアナの沼地からは、キャンディス・リンが「Swamp Fat」をつくった。匂いが記憶の手段となる、もうひとつの作品。

沼地はしばしば、埋め立てられ建てられるのを待つ空っぽの土地として扱われる。ポラス=キムはその逆を示す。暑い部屋に置かれた湿った粘土の槽は、動いているアーカイブ。それを読むには湿らせておかなければならない。そして鼻から始めなければならない。