エッセイ · 現代アート

ゲルハルト・リヒター(Gerhard Richter)「Cage」

Gerhard Richter. Cage.

すべてを操りはしない。残すものを決めるだけ。

ゲルハルト・リヒター「Cage」:グレー、白、緑の六枚の大きな正方形の抽象画。絵具が帯状に引かれ、削られて下の色がのぞく

Tate · Tate



六枚の正方形のカンヴァス

「Cage (1)」から「Cage (6)」は、カンヴァスに油彩で描かれた六枚の正方形の抽象画。三枚は一辺2.9メートル。残る三枚はわずかに大きく、一辺3メートル。一つの大きな展示室に揃って掛けられることを想定している。

六枚とも、厚く粗い、凹凸のある表面をもつ。そこを水平と垂直の帯が走り、さまざまな方向へ向かう引っかき傷やくぼみが重なる。ところどころ絵具の上層が剥がされ、下の何層もがのぞく。

一枚ずつ異なる。「Cage (1)」はほぼライムグリーンで、上部にボトルグリーンの帯が横切り、右に白い縦帯がある。「Cage (2)」は淡いグレー、白、ライムに、鮮やかな赤とチャコールが散る。「Cage (3)」は引っかき傷が密。「Cage (5)」はおもにグレー。「Cage (6)」は下層の色がもっとも幅広く見える。緑、白、黄、黒、青。

1932年生まれのゲルハルト・リヒターは、2006年、ケルンのアトリエでこの連作を描いた。

主役としてのスキージ

美術史家でキュレーターのロバート・ストー(Robert Storr)は、「Cage」の制作を通してリヒターに付き添い、各段階を写真と文章で記録した。彼によれば、これらの絵に筆の跡はほとんどない。主な道具はスキージである。

リヒターのスキージは大きく、幅数メートルに及ぶこともあり、しなやかな透明の縁をもつ。それをカンヴァスの上で引き、あらかじめ置いた絵具を押し広げる。ストーの記述によれば、絵具の量、粘り、置き場所、かける圧によって、新しい層は古い層をなめらかに覆うことも、筋やにじみとなって混ざり合うことも、定着せずに小さなくぼみを残すこともある。

リヒターは絵具が早く固まらないよう遅乾剤も使った。そのため同じカンヴァスの上で、引き、削り、また引くことができた。一度通るたびに、それまでの層の歴史の上へ新しい層が重なった。

ジョン・ケージを聴きながら

連作の名は、アメリカの実験音楽の作曲家ジョン・ケージ(John Cage)に由来する。リヒターは彼を深く敬愛し、2006年にこの連作を描くあいだ、その音楽を聴いていた。

リヒターが初めてケージに出会ったのは1960年代、デュッセルドルフ美術アカデミーの学生だった頃。ケージはそこで、マイクを取り付けたペンで字を書く作品を演じ、紙を掻くペン先の音が部屋じゅうに増幅された。

2006年、キュレーターのハンス・ウルリッヒ・オブリスト(Hans Ulrich Obrist)との対話で、リヒターはケージの考え、すなわち規律、偶然、偶発が今も大切であり続けていると語った。どれほど熟練していても、大量の絵具を置いたり取り除いたりするとき何が起きるかを、いつも予見できるわけではない、と。驚きには落胆させるものもあれば、喜ばせるものもある。先へ進む前に、それをよく考え抜かなければならない。

ストーは、リヒターとケージに共通するのは、ある種の制御を手放し、別のことが起きるにまかせる姿勢だと示唆した。

手を加えられた偶然

けれどリヒターは、すべてを偶然に決めさせはしない。偶然が絵にとって役立つのは、それに手を加えたあとだけだと彼は語っている。取り除く、許す、強める、あるいは特定のかたちへと導く。それこそが作品を熟練した芸術的なものにする、と。

「Cage」の絵画は2007年、ストーが企画した第52回ヴェネチア・ビエンナーレの展覧会で初めて公開された。2007年以降、個人コレクションからテートに貸与され、テート・モダンで何度も展示されている。

六枚のカンヴァスの前で、見る者は見覚えのある像を何ひとつ見出さない。あるのはスキージが通った跡と、意図して掘り起こされた色の層だけ。表面は描く時間の記録である。トゥオンブリーの絵具の筋が、過ぎてゆく一年を記録するように。