エッセイ · 近代美術
サイ・トゥオンブリー(Cy Twombly)「Quattro Stagioni (A Painting in Four Parts)」
Cy Twombly. Quattro Stagioni (A Painting in Four Parts).
手で描かれた一年。そしてその手は老いていく。
Tate · Tate
四枚のカンヴァス、一年
Quattro Stagioni はイタリア語で四季。正式な題には説明が一行加わる。A Painting in Four Parts(四部からなる絵画)。テートはこの作品を1993年から1995年の制作としている。
見る人の背丈を超える縦長のカンヴァス四枚が、一年の順に並んで掛かる。Primavera、Estate、Autunno、Inverno。春、夏、秋、冬。
それぞれに気質がある。一枚は色で混み合い、絵具の上に絵具が重なり、下の縁まで流れ落ちる。別の一枚はまばらで、余白が広く、手で拭ったような筆跡がいくつか。そのあいだに手書きの文字がある。読めるときもあれば、こすれているときも、半分絵具に覆われているときもある。
離れて見ると、四枚は並んだ扉のように見える。近づくと、それぞれが小さな身振りにほどけていく。鉛筆の線、途中で乾いた絵具の垂れ、書きかけのまま残された言葉。
身振りで描く
サイ・トゥオンブリーは1928年にアメリカで生まれ、抽象表現主義の最盛期に描きはじめた。1957年にイタリアへ渡り、生涯の大半をそこで過ごした。イタリアからヨーロッパの文学やギリシャ・ローマの神話を読み、それらを言葉として絵のなかへ入れた。
彼の作品はよく落書きと呼ばれる。たしかにそう見える。だがそれは意図された落書きだ。速い線、直されない線。描かれた瞬間の速度をそのまま保っている。見る人が目にするのは完成した像ではない。動いた手の痕跡だ。
「Quattro Stagioni」では、この描き方が主題に合っている。季節は、写しとられるためにじっとしているものではない。動きだ。日が長くなり、短くなる。葉が伸び、落ちる。トゥオンブリーは季節の風景を描かない。季節が移り変わる感覚を描く。
文字も同じように働く。トゥオンブリーは詩の一節や神話の名、季節の名をしばしばカンヴァスに書き写した。手書きの文字には筆致と同じくリズムがある。半分は読まれ、半分は推し量られる。過ぎた季節を思い出すときに似ている。はっきりした言葉がいくつか、あとは感覚だけ。
循環と老い
四季は絵画のもっとも古い主題のひとつだ。あらゆる時代の画家が、天地のめぐり、種まきと収穫、若さと老いとしてそれを扱ってきた。トゥオンブリーはその伝統をよく知り、60代でそこへ入っていった。
描き手の年齢が主題を変える。若い人にとって、四季は一年だ。六十回の春と冬を生きた人にとって、四季はカウントダウンになる。戻ってくる季節はどれも見慣れている。けれど残りの数は減っていく。
絵はそれを言葉では言わない。色に言わせる。明るくあふれる部分もあれば、灰色で薄い部分もある。見る人はその並びを一年として読むことも、一生として読むことも、その両方として同時に読むこともできる。
2008年、テート・モダンは「Cy Twombly: Cycles and Seasons」を開いた。季節、自然、時間の循環をめぐる彼の仕事を軸にした展覧会だ。テートの四季は、ニューヨーク近代美術館が所蔵するもう一組と初めて並べて展示された。同じ画家による二つの一年が隣り合い、あらゆる身振りが違っていた。
なぜ残るのか
「Quattro Stagioni」は見る人に風景を与えない。与えるのは、時間の前での立ち方だ。日を数えることも日付もなく、すべてが変わりつつあるという認識だけがある。
ジャクソン・ポロックの「Summertime」が長いカンヴァスに沿って小さな線で一つの夏を記録するのに対し、トゥオンブリーは一年まるごとを四つの部分に広げ、そのあいだの隙間に描かれなかった月々を担わせる。トゥオンブリーは2011年に亡くなった。四枚のカンヴァスはいまも並んで掛かり、いまも春から冬の順にあり、誰かが最初の一枚の前に立つたび、また始まる。