エッセイ · 嗅覚アート

ヤン・ヘギュ「Series of Vulnerable Arrangements, Version Utrecht」

Haegue Yang. Series of Vulnerable Arrangements, Version Utrecht.

空気もまた、配置された物。

ヤン・ヘギュ「Series of Vulnerable Arrangements, Version Utrecht」。ギャラリーのベネチアンブラインド、ヒーター、扇風機、香りの噴霧器

展示風景、Haegue Yang: Leap Year, Hayward Gallery(撮影 Anna Souter/Hyperallergic) · Hyperallergic



ユトレヒトの一室、2006年

2006年、ヤン・ヘギュは、オランダ・ユトレヒトのアートセンター BAK, basis voor actuele kunst のリサーチ・レジデンシー・プログラムの最初の作家となった。レジデンシーは展覧会「Haegue Yang Unevenly」へとつながった。

そこでは彼女のビデオ・エッセイ三作が上映された。2004年の「Unfolding Places」と「Restrained Courage」、2006年の「Wasting Negative Places」。その横に、新作のインスタレーション「Series of Vulnerable Arrangements」があった。BAK のためにつくられた版は、街の名を冠していた。Version Utrecht。

彫像も絵画もなかった。インスタレーションはありふれた技術的な装置でできていた。ヒーター、加湿器、扇風機、香りの噴霧器。そしてベネチアンブラインド。傾けて光を入れたり遮ったりする、オフィスのあれ。

多くの記述によれば、ヤンが作品にブラインドを使ったのはこれが初めてだった。ブラインドはのちに、彼女のもっとも見分けやすい素材のひとつになる。けれどユトレヒトでは、それはより大きな仕組みの一部にすぎなかった。空気を扱う仕組み。シリーズはその後、「Voice and Wind」など別の版へと続き、それぞれが別の場所のために組み直された。

展示される物ではなく、働く装置

ギャラリーはふつう、中立であろうとする。白い壁、均一な光、安定した温度。作品は、何もない背景から立ち上がることになっている。けれどその背景は、何もないわけではない。空調と、照明と、絵画の劣化を防ぐ湿度の規則がつくりだしている。

ヤンはその順序を逆にする。部屋の気候をつくる装置を、真ん中へ持ち出す。ヒーターが一角を温める。扇風機が空気を一方へ押す。加湿器が湿り気を足す。噴霧器が流れの中に香りを放つ。

来場者は作品の前に立つのではない。作品の中に立つ。一角から一角へ移るあいだに、体は小さな変化を受けとる。頬のぬくもり、わずかな湿り、通り過ぎて消える匂い。どの変化も作品に属し、どれも写真のためには止まってくれない。

ブラインドは、もうひとつのことをする。空間を閉じずに仕切る。羽根板のすきまから光が抜ける。空気も抜ける。匂いも抜ける。部屋は仕切られながらつながっている。いくつもの部屋をもち、ひとつの息をする体のように。

なぜ vulnerable なのか

タイトルは vulnerable という語を使う。いくつかの読み方ができる。

ひとつめは、物。これらの配置は長くもたない。電源を切れば、香りは広がるのをやめ、扇風機は止まり、ぬくもりは薄れる。何も定まっていない。作品は、機械が動き、誰かが歩いてそれを感じているあいだだけ存在する。

ふたつめは、見る人。目は見ないことを選べる。肌と鼻は、選ぶのがもっと難しい。ヤンの部屋では、来場者は望むと望まざるとにかかわらず、熱と湿り気と匂いに触れられる。その接触は親密で、まったく心地よいとはかぎらない。

みっつめは、制度。ヤンは、芸術を見るための条件、美術館のいわゆる中立な気候が、誰かが決めた配置であることを示す。配置されたものは、別様にも配置できる。

ほぼ二十年後、ヘイワードにふたたび

2024年、Version Utrecht は、ロンドンのヘイワード・ギャラリーで開かれた大規模な回顧展「Haegue Yang: Leap Year」に含まれた。会期は2025年1月5日まで、キュレーションはユン・マ。

編んだ藁の人形、韓紙のコラージュ、鈴を吊るしパフォーマーが毎週動かすキャスター付きの彫刻が並ぶ幅広い構成の中で、2006年の作品は最後の部屋に置かれていた。それまでのものより乾いて、技術的に見える。

最後に置かれたそれは、展覧会全体への脚注のように働く。それまでのどの物も、調整された空気の中に立っていた。最後の部屋で、ヤンはその空気自体を見せる。来場者は、いま通り抜けてきた部屋について小さな問いを抱えて出ていく。なぜ暖かかったのか、何の匂いがしたのか、そしてそれを誰が決めたのか。