エッセイ · 嗅覚アート
ヘルガ・グリフィス「L'Air du Charbon」。
Helga Griffiths. L'Air du Charbon.
地下から取り出した、ひと息の空気。
撮影:Tom Gundelwein · Helga Griffiths(公式サイト)
最後の鉱山へ
2018年、ボトロップのプロスパー・ハニエル炭鉱は、ドイツで最後に稼働していた炭鉱だった。その年の終わりに閉山し、ひとつの国の坑内硬炭採掘の歴史が終わった。
その前に、ヘルガ・グリフィスは坑内へ降りた。真空フラスコを携えて。地下でそれを開け、坑道の空気を流れ込ませ、閉じて地上へ持ち帰った。
次の段階には実験室が必要だった。ザールラント大学のスタッフの助けを得て、試料はガラスの容器に移され、封じられた。できあがったのは、ほとんど空に見える、小さく透明な物。
グリフィスはそれを L'Air du Charbon、石炭の空気と名づけた。フランス語の名は香水のように響く。中に香水はない。あるのは大地のひと息だけ。
デュシャンから99年後
フランス語は偶然ではない。1919年のパリで、マルセル・デュシャンは薬剤師に頼み、50立方センチメートルのパリの空気を入れたガラスのアンプルをつくらせた。彼はそれを「Air de Paris」と呼んだ。彼の最もよく知られたレディメイドのひとつ。ありふれた物が、選ばれ、名づけられ、そうして芸術になる。
デュシャンは香水瓶とも戯れた。二年後、彼はBelle Haleineで、ローズ・セラヴィに扮した自らの写真を香水瓶に貼った。空気、瓶、ラベル。それらはごく早くから彼の語彙のなかにあった。
グリフィスは、ちょうど99年後にデュシャンに応える。ひとつの違いをもって。1919年のパリの空気は、これからも生き続ける都市の空気だった。2018年のプロスパー・ハニエルの空気は、まもなく消える場所の空気だった。デュシャンは土産を残した。グリフィスは証拠を残した。
ほとんど空っぽの物
「L'Air du Charbon」を前にして、見る者に見えるのはガラスだけ。黒い埃も、鉱夫の姿も、石炭のかけらもない。鉱山のすべては見えない部分にある。
それがこの作品の難しさ。見る者は信じなければならない。容器が地下の空気を抱いていると信じる。その空気がギャラリーの空気とは違うと信じる。ひとつの場所がひと息に収められうると信じる。
作家のサイトによれば、グリフィスはこの物を二つのかたちで考えている。旅から持ち帰る品のような、土産。そして、石炭に形づくられ、いま消えつつある風景の記憶としてのタイムカプセル。
2022年、この作品はザールブリュッケンのザールラント博物館モダン・ギャラリー(Saarlandmuseum Moderne Galerie)で展示された。ザールラントもまた、長い炭鉱の歴史をもつ地域。
記録としての空気
同じ年、グリフィスはEssence of Coalもつくり、石炭そのものをエッセンスと香水に蒸留した。二つの作品は逆の方向へ向かう。一方は物質を開いて匂いを放つ。もう一方は空気を閉じ込めて匂いを留める。一方は訪れる人に嗅がせる。もう一方は誰にも嗅がせない。
だから「L'Air du Charbon」は、ひとつの場所をどう記録するのかを問う。写真は像を残す。録音は音を残す。けれど空気、何世代にもわたって鉱夫たちが毎日の勤務で吸ってきたものを残す人は、めったにいない。
この小さなガラスの容器は、まさにそれを留めようとする。鉱山がどんな匂いだったかを教えることはできない。教えられるのはただ、その空気が本物だったこと、そしていまもそこに、薄いガラスの層の内側にあること。誰かが開けると決めるまで。