エッセイ · 嗅覚アート

イルゼ・ビング(Ilse Bing)「Salut de Schiaparelli」

Ilse Bing. Salut de Schiaparelli.

香りを撮れないなら、そのまわりの光を撮る。

イルゼ・ビング「Salut de Schiaparelli」。百合の中に横たわる女性を写した、ソラリゼーションのゼラチン・シルバー・プリント

© Victoria and Albert Museum, London。Ilse Bing Wolff 遺贈 · Victoria and Albert Museum (V&A)



三つの時間のための、三つの香水

1934年、エルザ・スキャパレリは三つの香水を同時に発表した。一日のそれぞれの時間にひとつずつ。昼の「Schiap」。午後の「Soucis」。夜の「Salut」。

ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館によれば、「Salut」は百合の香りをもち、スキャパレリのスポーツウェアに添うものとして構想された。パリの一流クチュールメゾンは、服だけを売っていたのではない。一日を通した暮らし方を売っていた。香水はその一部だった。

「Salut」の広告のために、イルゼ・ビングはスキャパレリの協力者ベティナ・ベルジュリが百合の中に横たわる写真を撮った。花は、香水の花の側面をほのめかすためにそこにある。写真は1934年、雑誌『L'Art Vivant』に掲載された。

V&A が所蔵するプリントは、1934年のネガから1988年に焼かれたゼラチン・シルバー・プリントである。画面はおよそ32.8×26.4 cm。写真家本人の遺贈として、Ilse Bing Wolff の名で博物館に入った。

パリのイルゼ・ビング

イルゼ・ビングは1899年にフランクフルトで生まれ、1998年に没した。1930年、パリがヨーロッパ前衛写真の中心だった頃にパリへ移った。小さく軽いカメラを使い、素早く、思いがけない角度から撮った。

戦間期、ビングはパリで職業写真家として働く数少ない女性のひとりだった。写真は『Vogue』や『Adam』などの雑誌に載った。ファッション、肖像、建築、街頭を撮り、芸術写真と依頼仕事の境界を壁とは考えなかった。

「Salut de Schiaparelli」はまさにその境界の上にある。商品を売るために依頼された広告であり、同時に、写真固有の言葉を探す人による技術的、視覚的な実験でもある。

のちにビングはヨーロッパを離れてニューヨークへ渡り、そこで残りの生涯を過ごした。1934年の写真はパリ時代のもので、彼女がもっともよく記憶されている年月に属する。

ソラリゼーション。反転する光

「Salut」のネガはソラリゼーションされていた。暗室で現像している途中に、ネガをもう一度光にさらす。結果は部分的に反転した像になる。暗い部分の一部が明るくなり、物の輪郭に沿って細い明るい線が走る。

ビングは、この技法を自分で見つけたと語った。同じ頃パリでは、マン・レイとリー・ミラーもこれを試みていた。ソラリゼーションは共有された空気の一部だった。見たものをただ記録するのではなく、見たものを見慣れないものにする写真を、何人もの写真家が求めていた。

香水の広告にとって、この選択には独自の意味がある。反転した光は、場面が何かを発しているように見せる。百合は静物画のようにじっとしていない。光輪をまとっているように見える。香りが、目の追えないところで花から広がっていくように。

この写真が残るのは、自らの限界に正直だからだ。写真は匂いを捉えられない。ビングはそれを隠さない。写真が持つもの、つまり光を使い、見る人が画面の外の何かを感じとれるほどにだけ、それを曲げる。同じ頃、スキャパレリ自身も香水瓶を、見るための物として扱っていた。このメゾンでは、香りはいつも像の中に生きていた。