エッセイ · 嗅覚アート

「In Search of Chinese Art of Scent」展

In Search of Chinese Art of Scent.

煙は消えた。香炉は残る。

香港芸術館の中国香り文化展。展示ケースに並ぶ香炉、香合、匂い袋

Hong Kong Museum of Art · Hong Kong Museum of Art



二つの美術館、百六十組

2024年6月28日から10月16日まで、香港芸術館は中国の香り文化をめぐる展覧会を開いた。英語の題は「In Search of Chinese Art of Scent」。The Hong Kong Jockey Club Series の一環として、二階の特別展示室を使った。

上海博物館との共同企画だった。展示された百六十組のうち、百九組が上海から、五十一組が香港芸術館自身の所蔵品から来た。陶磁、青銅、絵画、竹彫、漆器、染織。

時間の幅は長い。新石器時代から清代まで。示されるのは単純なことだ。この地の人々はごく早くから香を焚き、しまい、身に帯び、そしてやめることがなかった。

この展覧会は、香港での中国文化フェスティバルおよび上海文化週間の一部だった。あわせて、香づくりの実演や、さまざまな地域の香を用いた瞑想の会も催された。

匂いを抱く物

見どころのひとつは、鳳凰と亀をかたどった台に載る、漢代の青銅の博山炉だった。この種の香炉の蓋は幾重にも重なる山の峰として鋳造され、峰のあいだに小さな穴がある。中で香を焚くと、煙がすき間から立ちのぼり、青銅の山が雲に包まれたように見えた。

546年の年紀をもつ、南朝梁の仏教石彫もあった。宗教の暮らしにおいて、香は像の前に供えられるものだ。招きであり、聖なる空間を区切る方法でもある。

陳洪綬と仇英による明代の絵画もあり、そこでは香が士大夫の暮らしの中に現れる。机の上の小さな香炉、読書する人のかたわらの一筋の煙。さらに清代の彫漆の香合、身につける刺繍の匂い袋もあった。

並べてみると、これらの物は香りの物語を三つの方向に語る。神のための香り。部屋のための香り。身体のための香り。それぞれが固有の器を必要とし、器の一つひとつが、匂いについての考え方になっている。

三人の作家、いま香りをつくる三つの方法

古い物のかたわらで、美術館は香港の作家三人、Cheuk Ka-wai、Cheng Chi-kin、So Wing-po を招き、今日の視点から香り文化を読み直す新しいインスタレーションをつくらせた。

Cheng Chi-kin(Max の名でも知られる)は「A Story of Time Through Scents」をつくった。身近な薬草や香料を五十種近く集めて展示し、それらを使って一日の三つの時間、夜明け、正午、夕暮れのための三つの香りをつくった。香りは波形のディフューザーから放たれた。

Cheuk Ka-wai は工筆の技法でごく大きな花の巻物を描いた。題は十の香りを集めたもので、香港に育つ十種の芳香植物を描く。匂いなしに匂いを語る方法だ。昔の花の絵のように、細やかな筆致だけで。

一日を香りで区切ることには、アジアの香文化に遠い先例がある。かつて香は時を計るのに使われた。Cheng Chi-kin がそれを念頭に置いていたとは限らない。だが彼の作品は同じ問いを投げる。匂いは、いまが何時かを教えてくれるだろうか。

日本では、淡路島のように、香の技が似たリズムで守られてきた。香港の展覧会は、その流れの源を示した。香は匂いだけではない。一揃いの物であり、一揃いの所作であり、一日の時間を並べる方法でもある。