エッセイ · 嗅覚アート

マルティン・ショーンガウアー(Martin Schongauer)。「The Censer」。

Martin Schongauer. The Censer.

煙に出口を与えるためにつくられた物。

マルティン・ショーンガウアー「The Censer」:天使と透かし穴に覆われたゴシック様式の教会香炉の銅版画

マルティン・ショーンガウアー(Martin Schongauer、ドイツ、1450年頃〜1491年)、A Censer。The Cleveland Museum of Art, John L. Severance Fund · パブリックドメイン



鎖に吊られた小さな建物

「The Censer」はマルティン・ショーンガウアーの銅版画で、1470年から1474年頃につくられた。シカゴ美術館(The Art Institute of Chicago)の一枚はクリーム色の簀の目紙に刷られ、図版はおよそ26×21cm。ポッター・パーマー・ジュニア夫人(Mrs. Potter Palmer, Jr.)が美術館に寄贈した。

紙に描かれているのは香炉、カトリックの教会で使われる物である。その形は尖塔とアーチをもつ小さなゴシック建築を思わせる。表面は天使に覆われ、建物をかこんで天の軍勢が立つ。段と段のあいだには、内側から煙を出すための透かし穴がある。

こうした香炉は長い鎖に吊るされた。ミサのあいだ前後に振られ、ひと振りごとに香の雲が教会へ放たれた。

ビュランを持つ金細工師

ショーンガウアーは今日、おもに銅版画で記憶されている。けれどシカゴ美術館によれば、彼は画家であると同時に金細工師として出発した。美術館は生年を1430年から1450年のあいだ、没年を1491年としている。

それが版画の精密さを説明する。ヴォールトのひとつひとつ、稜線のひとつひとつ、天使の一人ひとりが、銀細工師がそれをどう鋳造し、どう接ぐかを彫り手が正確に知っていたかのように描かれている。美術館は、この版画が予定された注文のための図案か、すでにあった香炉の忠実な記録かもしれないとしている。

銅版画という技法そのものが、金細工の仕事に近い。作り手はビュランで銅板に溝を刻み、インクを詰め、紙を押しあてる。同じ手が、銀の杯に装飾を彫り、銅板に版画を彫ることができた。ショーンガウアーは15世紀の上ライン地方でもっとも重要な版画家の一人だった。1492年、若きアルブレヒト・デューラーは彼に会うためにコルマールへ旅したが、彼はすでに亡くなっていた。

教会の香

儀式の香には長い歴史がある。乳香などの芳しい樹脂が赤い炭の上に置かれ、立ちのぼる煙は昇っていく祈りを表した。中世の教会は多くの典礼で香炉を使い、最上のものは金細工師の仕事だった。

だから版画の香炉は、ただの道具ではない。聖杯や聖遺物箱と並ぶ、貴重な物である。香炉にはしばしば、香舟などほかの物が添えられた。イングランドのラムジー修道院の香舟のように。

目を引くのは、煙を生むためにつくられた金属の物が、白と黒の一枚の紙に変えられていることだ。金属もなく、火もなく、匂いもない。線だけ。

なぜもう一度見る価値があるのか

ショーンガウアーの版画は、15世紀が香の器をどれほど真剣に扱ったかを示す。人々はただ香を焚いたのではない。煙のために、尖塔と扉と天使の護衛をそなえた建物を建てたのである。

それはまた、Penta がよく知る見方も示している。中身を理解するには、器をよく見ること。穴がどこに、いくつ、どれほどの大きさであるかが、煙の出ていき方を決める。香炉の形は、空間における香りの形である。

500年以上たって、紙は残り、煙は残らない。見る人は一度も火の入らなかった香炉を見つめ、それでも、それが呼吸するためにつくられたと理解する。