エッセイ · 嗅覚アート

サファヴィー朝イラン、クバチ焼。花の香りを吸い込む若い男の肖像タイル。

Safavid Iran, Kubachi ware. Tile with a Portrait of a Young Man Inhaling the Perfume of a Flower.

ひと息を粘土に焼きつけ、四百年保つ。

サファヴィー朝クバチ焼のタイル。花の香りを吸い込む若い男の肖像が、透明釉の下に青、黒、トルコ青で描かれている

The Art Institute of Chicago, Mary Jane Gunsaulus Collection · The Art Institute of Chicago



正方形のタイル、三色の釉

シカゴ美術館にあるこのタイルはほぼ正方形で、一辺約22 cm、厚さ2 cm。美術館の記録では、サファヴィー朝のもと、16世紀末から17世紀初めにイラン北西部でつくられた。正式な題は「Tile with a Portrait of a Young Man Inhaling the Perfume of a Flower」(花の香りを吸い込む若い男の肖像タイル)である。

素材はフリットウェア、ストーンペーストとも呼ばれる。主に砕いた石英に、砕いたガラスと少量の粘土を混ぜた胎土だ。像は青、黒、トルコ青の三色で描かれ、その上を透明釉が覆う。色は釉の下にあるので、焼成ののちはガラスの向こうにあるように守られる。

タイルは Mary Jane Gunsaulus Collection に属し、番号は1915.245。現在は Gallery 143 に展示されている。

それをつくらなかった村の名で呼ばれる

クバチ焼の名は、いまはロシアの一部である北コーカサスのダゲスタンにある町に由来する。そこで15世紀と16世紀の陶器が大量に見つかった。1870年代から、ヨーロッパと北アメリカの収集家が多くを買い、それらはのちに主要な美術館へ渡った。

名前は定着した。けれど研究者たちは、クバチ焼はクバチでつくられたのではないと考えている。つくられたのはサファヴィー朝期のイラン北西部だ。村は、焼かれた場所ではなく、保たれた場所だった。

名前の物語には興味深い一面がある。物は、生まれた場所の痕跡よりも、通り過ぎた場所の痕跡のほうをはっきり帯びることがある。タイルは、それを保った村の名で記憶されている。

タイルの上の肖像

クバチ焼のタイルには、サファヴィー朝の装いの人物がよく描かれる。主にコバルトの青と銅のトルコ青で、白地の上に。これはイスラームの装飾陶器のなかで目立つ。表面はたいてい植物、文字、幾何学に充てられていたからだ。ここでは人がひとり、中心に置かれている。

そしてその人は、ごく小さなことをしている。馬に乗るのでも、狩りをするのでも、宴をするのでもない。花を持ち上げ、息を吸い込むだけ。その身ぶりには長い歴史がある。睡蓮の香りをかぐ女性を刻んだ古代エジプトのレリーフから、ヨーロッパの五感の連作まで。

ペルシアの文化では、花とその香りは詩と庭の暮らしのなかで親しまれた像である。このタイルはその像をページから取り出し、壁に据える。毎日目にすることのできる場所に。

なぜもう一度見る価値があるのか

タイルは建築の一部だ。ほかのタイルとつながり、壁面や戸口や部屋になるようにつくられる。これがかつてどこにあったのか、確かなことはわからない。いまはシカゴのケースのなかにひとりで立っている。

ひとりになって、それは肖像になる。若い男、一輪の花、嗅ぐ瞬間。両手を並べたほどの正方形のなかに、三色で描かれている。

あの花の香りはとうに失われた。それでも誰でも、若い男が何をしているのか一目でわかる。だからこそこの身ぶりが選ばれたのかもしれない。どんな時代の誰にも、はっきり読みとれる。