エッセイ · 嗅覚アート

リアン・ウェインスマ、フロウケ・タン「Smell of Data」。

Leanne Wijnsma, Froukje Tan. Smell of Data.

いちばん危険なのは、匂いのないもの。

リアン・ウェインスマとフロウケ・タン「Smell of Data」:手のひらに収まる小さな香りのディスペンサー

© Leanne Wijnsma · Smell of Data(プロジェクト公式サイト)



1937年の爆発

1937年、テキサス州ニューロンドンの町で、学校が爆発した。原因は、閉ざされた空間に誰にも気づかれずに漏れ出てたまった天然ガス。当時のガスには匂いがなかった。プロジェクトのサイトによれば、生徒と教師295人が亡くなった。

惨事のあと、当局は本来無臭のガスに臭気を加えることを義務づけた。いま誰もがガスコンロの漏れで知っている不快な匂いは、ガスそのものの匂いではない。人の鼻が見張れるように、わざと加えられている。爆発は大きく減った。

デザイナーのリアン・ウェインスマ(Leanne Wijnsma)と映像作家のフロウケ・タン(Froukje Tan)は、この話から出発した。二人は問うた。いま私たちのまわりで、匂いもなく漏れているものは何か。彼女たちの答えは個人データだった。

データのための匂い

「Smell of Data」は2016年にアムステルダムでつくられた。二つの部分からなる。ひとつは新しい匂い。データがさらされているという感覚と結びつくようにつくられた。プロジェクトを紹介する記事は、それを金属的と形容する。ウェインスマが ScentAir 社とともに開発した。

もうひとつは手のひらに収まる小さなディスペンサー。wifi でスマートフォン、タブレット、コンピューターとつながる。利用者が安全でないネットワークで保護されていないウェブサイトを訪れると、装置がひと吹きの香りを放つ。

コードはイップ・デ・ベール(Jip de Beer)が書いた。プロトタイプはロバート・ファン・レーウェン(Robert van Leeuwen)が設計した。写真はシモーヌ・C・ニキーユ(Simone C. Niquille)による。コードは誰でもつくり直せるよう、クリエイティブ・コモンズのライセンスで公開されている。

いくつもの組織が参加した。ScentAir、Bits of Freedom、Mediafonds、Greenhost、Waag Society など。のちに SIDN fonds、STRP、Hackers and Designers も加わった。

鍵ではなく、警告

つくり手ははっきり言う。「Smell of Data」はセキュリティの解決策ではない。何も防がない。ただ知らせるだけ。ガスの匂いが管を直さず、漏れを告げるだけなのと同じ。

スマートフォンにはすでにあらゆる通知があるのに、なぜ匂いなのか。画面上の警告は多すぎて、似すぎているから。利用者はそれを払いのけることを覚える。匂いは違う。読むより考えるより速く、まっすぐ反射に届く。嗅ぐかどうかを私たちは決めない。匂いはもうそこにある。

プロジェクトが頼るのは、まさにこの感覚の性質。本能的な反応へのじかの経路。部屋に見知らぬ匂いがすると、私たちは考える前に顔を上げる。「Smell of Data」は、個人データもそのように扱われることを望む。私たちをはっとさせうるものとして。

2016年、プロジェクトは Science Hack Day で Most Innovative Project を受賞した。2017年には Art and Olfaction Awards のサダキチ賞の最終候補となった。

見えないものに身体を与える

データは、現代の暮らしのなかでもっとも思い描きにくいもののひとつ。見ることも、持つことも、聞くこともできない。気づかぬうちに刻々と私たちを通り抜けていく。だからそのまわりのあらゆる危険は、抽象的に感じられる。

「Smell of Data」はデータを説明しない。データに身体を与える。ひとつの匂い、鼻のなかの感覚、腹の底の反応。見えないものが匂いをもつとき、それは身体がわかるかたちで存在しはじめる。

嗅覚アートはしばしば、身体は知っていても言葉では言いきれないものを語るために匂いを使う。クララ・ウルシッティの「The Smell of Fear」における恐怖のように。「Smell of Data」は逆に働く。それまで言葉でしか言えなかったことを、身体が知れるように匂いを使う。

心に残るのは、その慎ましさ。保護を約束しない。ただ警告だけ。そして、もっとも過小評価された感覚である鼻が、いまもデジタルの世界の見張りに立てるほど速いと信じている。