エッセイ · 現代アート
李禹煥(Lee Ufan)「Relatum」
Lee Ufan. Relatum.
作品は石にも、鋼にもない。そのあいだにある。
Solomon R. Guggenheim Museum · Solomon R. Guggenheim Museum
石、鋼、そして隙間
2011年の夏、6月24日から9月28日まで、ニューヨークのソロモン・R・グッゲンハイム美術館は李禹煥の回顧展「Marking Infinity」を開いた。展示は彼の仕事の仕方に沿って構成された。シリーズで、反復して、1960年代から現在までをたどる。
なかでも「Relatum」のシリーズは最も見分けやすい。自然の石。工業製の鋼板。床の上の二つの物。近く、触れていない。あるいは軽く触れている。台座はない。彫刻もない。
李は1968年からこのシリーズをつくり続けている。タイトルは、あいだに関係が存在する物や出来事を指す哲学用語。彼にとって大切なのは物そのものではなく、配置が空間に立ち上げる力の網の目である。
見る者もその網の目に属している。近づく、まわりを歩く、下がる。立つ位置が変わるたびに、石と鋼のあいだの距離の意味が変わる。
つくられたものと、つくられていないもの
もの派の時代から、李は彫刻の素材をほぼ鋼板と石だけに限ってきた。その選択は偶然ではない。
鋼は硬く、重く、堅固で、近代の世界を築くために使われてきた素材。自然のままの石は、自己の外、近代の外にある場所に属する。美術館によれば、李は石を他者の、外部のイメージとして扱う。
二つを極めて精密に置くことで、「Relatum」は持続する共存を立ち上げる。つくられたものとつくられていないもののあいだに。物質と、そのまわりの見えないもののあいだに。
展示にはより早い作品もあった。かつて「Phenomena and Perception A」と題された1969年の作品が、その考えをはっきり示す。巻尺のような目盛りのついたラテックスの帯の上に、三つの石が載る。石の重みが帯を伸ばし、たわませる。目盛りはもう正しく測らない。何が見えるかは、どこに立つかで決まる。
場所と場所のあいだの生
李禹煥は1936年、朝鮮半島の南部に生まれた。日本の占領期と朝鮮戦争のなかで育ち、戦争は1953年に半島を分断したまま終わった。ソウル大学校で絵画を学び、その後日本に移って哲学の学位を取った。
1960年代後半、彼は日本の運動であるもの派(文字どおり「物の派」)の理論的な声となった。韓国の単色画、タンセッファの重要な人物でもある。40年にわたり、韓国、日本、フランスのあいだで暮らし、制作してきた。
絵画は彫刻と並んで続いている。「From Point」と「From Line」のシリーズ(1972年から1984年)では、岩絵具を膠と混ぜ、白地に単色を使った。コバルトブルー、あるいは焦げたオレンジ。筆が乾ききるまで左から右へキャンバスを打ち、また始める。薄れていく列は、身体を通り過ぎる時間の記録である。
空っぽではない空虚
展覧会はタワー・レベル7の何もない部屋で終わった。隣り合う三つの壁に、李はそれぞれ幅広く厚い一筆を置いた。作品は「Dialogue, space」(2011年)、2006年に始めた「Dialogue」シリーズに属する。
三つの筆触は部屋を満たさない。部屋の空虚を見えるようにする。真ん中に立つと、空気が、距離が、壁と壁のあいだのリズムが感じられてくる。
それが「Relatum」を展示のほかの作品と結びつけるもの。李が使うものはごくわずかだ。一つの石、一枚の鋼板、一筆の絵具。その抑制が、空っぽでありながら満ちた空間を開き、見る者はそこへ踏み込んで関係の一部になる。鋼を逆の方向へ推し進めた例として、リチャード・セラと「The Matter of Time」を読む。