エッセイ · 嗅覚アート

マルカントニオ・ライモンディ(ラファエロに基づく)「The Incense Burner」

Marcantonio Raimondi, theo Raphael. The Incense Burner.

煙は消えた。形は残る。

マルカントニオ・ライモンディ(ラファエロに基づく)「The Incense Burner」:古典風の衣をまとったふたりの女性が支える大きな香炉を描いた黒インクの版画

The Art Institute of Chicago, Clarence Buckingham Collection · The Art Institute of Chicago



紙の上の意匠

「The Incense Burner」は、マルカントニオ・ライモンディが1520年ごろに制作した版画である。紙は高さ約30 cm、幅15 cm、クリーム色の簀の目紙に黒で刷られている。シカゴ美術館の版画・素描部門、クラレンス・バッキンガム・コレクションに属する。

像は縦長の紙をほぼ埋めつくす。中央に、高く掲げられた大きな香炉が立つ。その両側で、古典風の衣をまとったふたりの女性が香炉を支えている。部屋はない。香を捧げる人もいない。祭壇もない。あるのは一つの物と、その支えとなるふたりの人物だけ。

美術館によれば、この意匠はラファエロの素描に基づく。ライモンディが香炉の形を考案したのではない。ペンの線から銅版に刻んだ線へと移し、像が何度でも刷れるようにしたのである。

彫版師と画家

マルカントニオ・ライモンディはイタリアの彫版師で、1480年ごろに生まれ、1534年ごろに没した。ふたりがローマで仕事をしていたころ、ラファエロの素描をもとにつくった版画でもっともよく知られる。彼を通して、ラファエロの像は壁と工房を離れ、人々が買い、持ち運び、写すことのできる紙に入っていった。

シカゴの美術館は、この版画をライモンディの技量の頂点に位置づける。そしてラファエロの才のひとつも指摘する。簡潔で力強い構図である。ふたりの人物が左右対称に立つ。香炉は中心の軸に置かれる。視線は台座から頂へ、煙がのぼるはずの方向へと進む。

当時、装飾版画は金細工師、青銅鋳造師、彫刻師の手本としてよく使われた。紙の上で意匠された香炉は、金属でつくられたどの香炉よりも遠くへ旅することができた。一粒の樹脂も焚かれることなく、多くの手と多くの街を渡っていった。

王のための香炉

香炉には、美術館がフランス王フランソワ1世の紋章と読むしるしがある。サラマンダーと百合の花(フルール・ド・リス)。したがって、この意匠はおそらく王をたたえてつくられた。おそらく、という語が大切だ。美術館は、このような香炉が実際に金属でつくられたかどうかを述べていない。

サラマンダーはフランソワ1世個人の紋章だった。当時の人々は、この動物が火のなかで生きられると信じていた。香を焚く物にそれを置くのは、的確な選択である。器の内には火、外には火を恐れない生きもの。

これはふつうの部屋のための香炉ではない。見せるための物である。大きな寸法、ふたりの担い手、王の紋章。細部のすべてが、香りは権力とともに旅すると語る。樹脂は貴重で、人前でそれを焚くことは、自らの立場を示すひとつの方法だった。

香炉の版画がなぜ心に残るのか

ルネサンスの香りは、後の時代の鼻に何も残さなかった。樹脂は燃えつき、煙は500年前に散った。残るのは器と、器の像である。

「The Incense Burner」は、当時の人々がどれほど目を通して香りを考えていたかを示す。彼らは香炉の形に、それを支える人物に、それが帯びる紋章に力を注いだ。香りは儀式の中心だった。だが香りは見えない。だから器が、見えるものすべてを担わなければならなかった。

この版画はまた、像がどう旅するかも示す。ラファエロの素描が、ライモンディのビュランを通して、何度も刷れる一枚の紙になった。その紙はいま、ローマから遠いシカゴにある。世界の反対側では、本物の香炉もまた形によって煙の物語を語っていた。煙が青銅の峡谷を抜けてのぼる漢代の博山炉のように。