エッセイ · 現代アート
森万里子(Mariko Mori)。「Tom Na H-iu」。
Mariko Mori. Tom Na H-iu.
星の死もまた、信号を残す。
Benesse Art Site Naoshima · Benesse Art Site Naoshima
竹林のなかのガラスのかたち
日本の瀬戸内海に浮かぶ島、豊島に、竹林に囲まれた池がある。池の中央に、背の高いガラスのかたちが立つ。2010年に森万里子が完成させた「Tom Na H-iu」である。
島々のアートを運営するベネッセアートサイト直島は、これを巨大なガラスのオブジェと説明する。壁もなく、屋根もなく、ギャラリーもない。あるのは水と竹とガラスだけ。
ほとんどの時間、ガラスは静かに立っている。決まった時刻に光るわけではない。はるか遠くからの信号を待っている。
爆発する星からの信号
作品はコンピューターで、飛騨市の神岡宇宙素粒子研究施設とつながっている。世界最大級のニュートリノ検出器、スーパーカミオカンデがある場所だ。検出器は地下深くにある。光センサーを内側に並べた、巨大な水のタンク。
ニュートリノは、物質とほとんど相互作用しない微小な粒子だ。毎秒、数えきれないほどのニュートリノが私たちの身体を、地球を通り抜け、何も残さない。ごくまれにひとつがタンクの水にぶつかり、かすかな閃光を残す。センサーが記録するには、それで足りる。
ニュートリノのなかには、大きな星が寿命を終えて崩壊する超新星爆発で生まれるものがある。ベネッセによれば、「Tom Na H-iu」はそうしたニュートリノのデータを受け取ると光る。ガラスが光るたびに、死にゆく星からの信号が島に届いたということだ。
その光は池に落ちる。ベネッセはニュートリノの光を宇宙の魂と呼び、見る人に、宇宙と私たちのつながり、そして私たち自身の限られた時間について考えるよう促す。
ケルトの世界から来た名前
題名は古代ケルトのある場所に由来する。ベネッセによれば、そこは魂が転生する前にひととき留まる場所と信じられていた。二つの状態のあいだの場所。
森万里子はこの作品を、現代の生と死の象徴、モニュメントとしてつくった。だが、それは風変わりなモニュメントだ。名前を刻まない。過去の出来事を記念しない。遠くで起きている死に、リアルタイムで応える。
森はしばしば科学と信仰のあいだを行き来する。「Tom Na H-iu」では、その二つがたやすく出会う。物理学のためにつくられた粒子検出器。魂の通り道を指す古い名前。そのあいだにあるガラスのかたちが、光で両者をつなぐ。
光を待つ
「Tom Na H-iu」は、見る人に決まった像を与えない。池のほとりに長く立っていても、ガラスが光らないことがある。背を向けたあとで光るかもしれない。作品は訪れる人の時間割に従わない。
それは見ることを、待つことに変える。見る人は竹の音を聞き、水を眺め、風に気づく。宇宙からの信号を待ちながら、本物の竹林のなかにいる。近いものと遠いものが、同時にそこにある。
ほかの光の作品もまた、見る人を待つことへ引き込む。ジェームズ・タレルがグッゲンハイムの螺旋を、ゆっくりと移ろう空に変えたように。だがタレルの光はプログラムされている。森の光は、誰にも予定を組めない。
いま、ベネッセはこの作品を公開休止としている。ガラスはいまも池のなか、竹林のなかに立ち、待ち続けている。誰かが見ていようといまいと、星は死に続け、その信号は届き続ける。