エッセイ · デザインとしてのファッション

マリー・クワント(Mary Quant)。

Mary Quant.

裾は上げられ、針の跡が残った。

マリー・クワント:1960年代の短いドレスとデザイナー

© Getty Images · Victoria and Albert Museum (V&A)



キングス・ロードの店

1955年、マリー・クワントはアレキサンダー・プランケット・グリーン、アーチー・マクネアとともに、ロンドン、チェルシーのキングス・ロードにあるマーカム・ハウスに Bazaar を開いた。1957年にはキングス・ロードに二軒目の Bazaar が開いた。1967年には三軒目がニュー・ボンド・ストリートに続いた。

キングス・ロードはのちに世界でもっとも有名なファッション通りのひとつになり、Bazaar はその理由の一部だった。シフトドレスとミニドレスがクワントの代名詞になった。

V&A は展覧会を彼女の言葉で紹介した。おおよそこうだ。ファッションの要は、流行の服を誰にでも手の届くものにすることにある。彼女のキャリアはその考えを軸に回った。

一軒の店から、ひとつの仕組みへ

多くの人に届くには、店だけでは足りなかった。1962年、彼女はアメリカの JC Penney と契約した。1963年には、より安価な卸売ラインの Ginger Group を立ち上げ、サンデー・タイムズ国際賞を受けた。

彼女の名は、タイツ、下着、そしてデイジーのマークの化粧品へとライセンス展開された。スキニーリブのセーターは1960年代に。ホットパンツは1966年。同じ年、彼女は OBE を授与された。1967年には靴の Quant Afoot。1971年にはマリー・クワントのビューティー・バスが路上を走っていた。

V&A の推定では、60年代の終わりまでに約700万人の女性が少なくとも一点のマリー・クワント製品を持っていた。こうした数字は、ファッションがオートクチュールのサロンを出て、ふつうの衣装だんすへ入っていったことを示す。

彼女は時代の新しい素材を好んだ。Wet Collection では光沢のある PVC を使い、防水のブーツを合わせた。

ミニスカートをつくったのは誰か

マリー・クワントがミニスカートを発明したとよく言われる。V&A はもっとゆっくりした物語を語る。短いスカートは、多くのデザイナー、長い年月、そして街そのものを通じて、少しずつ形になった。

兆しは1950年代末のパリに現れた。1957年から1958年のバレンシアガのサック・ドレス、1959年のイヴ・サンローランのトラペーズ・ライン。1960年、クワントはニューヨークで膝すれすれのスカートをはいた。1964年4月、アンドレ・クレージュはランウェイで短いスカートを見せたが、その年のクワントの裾はまだ膝丈だった。1965年、ミニスカートという言葉が新聞に現れはじめた。裾が本当に短くなったのは1966年になってからである。

ミニという言葉はもっと古く、ミニチュアから来ている。1930年代に三輪自動車に使われ、1959年には Mini-Minor に使われた。

クワントはミニスカートを女性解放の始まりと呼んだ。誰が最初につくったにせよ、それを街へ出したのは彼女だった。

200点以上の服

2019年4月6日から2020年2月16日まで、V&A は200点以上の服で「Mary Quant」展を開いた。デザイナー自身のアーカイブからの未公開の品も含まれていた。ミニドレス、ホットパンツ、色つきのタイツ、下着、PVC のブーツ、化粧品。1966年に撮られたツイッギー。ドレイコット・プレイスの自宅にいるクワント。

今これらのドレスを見ると、ふたつの時間の層が見える。ひとつめは、つくられた年。ふたつめは、着られ、裾を上げられ、衣装だんすにしまわれた年月。ふたつめの層は、どんなデザイン画にもない。

着る人の体を、彼女なりのやり方で服から自由にしたいと願った女性がもう一人いる。Gabrielle Chanel. Fashion Manifesto。


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