エッセイ · 嗅覚アート
マッシモ・バルトリーニ(Massimo Bartolini)。「Toscano」。
Massimo Bartolini. Toscano.
誰も吸っていないのに吸われる葉巻。
Art in America · Art in America
呼吸する機械
「Toscano」は小さな物だ。長さ約八十センチ、高さ二十センチ足らず。葉巻、真空ポンプ、吸い口。ポンプは、人が吸うように葉巻から空気を吸い込む。先端が赤く灯る。煙が上がる。
葉巻はイタリアのトスカーノ。小さく、黒く、重い匂いで知られる。イタリアの作家マッシモ・バルトリーニは、2016年の作品にその名を与えた。ほかにタイトルはない。物は物である。
喫煙者はいない。パフォーマンスもない。機械は静かに動き、来場者が気づくのは匂いだ。匂いは展示室に広がり、機械の見えない隅にまで、扉を通るすべての人にまで届く。
このような作品は、長く見つめる必要がない。嗅がれる必要がある。そして来場者が作品にたどり着く前に、作品のほうが来場者に届く。
歌と煙の地域
「Toscano」は、2016年5月25日から7月30日まで、ロンドンの Frith Street Gallery で開かれたバルトリーニの展覧会「Golden Square」の一部だった。ギャラリーには二つの空間がある。一つはソーホー・スクエアに、もう一つはソーホーの小さな広場、ゴールデン・スクエアそのものにある。
タイトルはチャールズ・ディケンズに由来する。「Nicholas Nickleby」でディケンズは、ゴールデン・スクエアを歌と煙の地域として描いた。音楽を練習するしゃがれ声が夕べの静けさを破り、上等なタバコの煙が空気に香る場所。わずかな植え込みのあいだに立つ、物悲しい彫像にも触れている。
バルトリーニはその一節を本物の物で組み立て直した。煙は「Toscano」から来た。歌は、同じく「Golden Square」と題されたレコードから来た。真鍮の立方体の中央に置かれ、童謡「Ring a Ring of Roses」に着想を得たエドアルド・マラッファ(Edoardo Marraffa)の曲を流す。彫像は「Georgius」。人の姿が石の中へ沈み戻っていくように見える、灰色の大理石の塊である。
来場者は、ページの中に入り込むように、三つのあいだを行き来した。読むのではなく、嗅ぎ、聞いて。
塵、ピン、見えないもの
展覧会のほかの作品も、つかみにくいものをめぐっていた。「Dust Chaser」のシリーズは、塵の粒子をインクで描いた。「Diagram (graveyard)」は四千本の地図用ピンで墓地の平面図を描いた。二つの大理石の台座には紙飛行機が浅浮き彫りで記念碑のように据えられた。赤いネオンは、異端審問の牢獄の壁に残された落書きの一行を拡大した。
それらの隣で、「Toscano」は自分の場所にとどまらない唯一の作品だった。塵は描かれた。墓地はピンで留められた。煙は実際に漂った。
そこが違いだ。「Toscano」は見えないものを描写しない。それを生み出す。展示室が開いているあいだ、絶え間なく。
場所の匂い
タバコが中立な匂いであることはまれだ。ある人には温かい。祖父の書斎。別の人には淀んでいる。古いパブ。バルトリーニはどちらの側にも立たない。ディケンズの記述によればかつて煙に満ちていた地区に、その匂いをただ戻す。
逆の例は、ソウルのヘマン・チョンの喫煙コーナーに見られる。そこでは匂いは、本物の来場者が火をつけることから生まれた。バルトリーニは人を取り除き、結果だけを残す。
2007年以来、イングランドでは屋内の公共の場での喫煙が禁じられている。閉じた部屋からタバコの匂いはほとんど消えた。展示室の葉巻機械は、一節を思い起こさせる以上のことをする。部屋から追い出された匂いを、ある部屋の中へ連れ戻す。
「Toscano」が残り続けるのは、匂いが住所になりうることを示すからだ。ディケンズのゴールデン・スクエアには匂いがあった。バルトリーニはそれを再び見つけた。描写によってではなく、本物の葉巻を一服ずつ燃やすことによって。吸う人は誰もいないまま。