エッセイ · 現代アート

マイク・ネルソン(Mike Nelson)。「The Coral Reef」。

Mike Nelson. The Coral Reef.

空の部屋は、まだ人で満ちている。

マイク・ネルソン「The Coral Reef」。15の部屋からなるインスタレーションの、みすぼらしい一室。擦り切れた椅子、鏡、置き去りの書類

Tate · Tate



15の部屋

「The Coral Reef」は2000年につくられた。作品を所蔵するテートは、その素材を目録のように並べる。15の部屋、照明、柱、椅子、鏡、印刷された紙、その他の素材。最初の数字がほとんどすべてを語っている。これは部屋に置かれた物ではない。部屋そのものである。

来場者はドアをくぐり、待合室にいる自分に気づく。安いタクシー会社の事務所にあるような待合室だ。椅子、机、書類、明かり。やがて別のドアが別の部屋へ通じる。さらにまた別の部屋へ。祈りの部屋がある。テートがのちに「Heroin Room」という題でそのプリントを収蔵した部屋もある。

部屋はドアでつながり、ひとつが次へと開く。地図はない。出口への矢印もない。いくつかの部屋を抜けると、来場者はもう自分がどこを通ってきたのか、最初のドアに近いのか遠いのか、確信がもてなくなる。

たった今出ていった人々

「The Coral Reef」でいちばん奇妙なのは、どの部屋にもつい先ほどまで人がいたように見えることだ。机から引かれた椅子。読みかけのまま置かれた紙。空の部屋を映す鏡。来場者はいつも数分遅れて着く。

部屋は周縁の暮らしに属している。タクシー運転手、故郷から遠く離れて祈る人々、依存症の人々。ネルソンは特定の物語を再現しない。そうした物語が起こりうる舞台をつくる。

誰もいないから、来場者だけがそこにいる者になる。引き出しをのぞき、机の上の紙を読み、椅子に座ってみる。そして少しずつ、自分がわずかに間違ったことをしていると気づく。留守中の誰かの暮らしに入り込んでいるのだ。

その侵入の感覚も作品の一部である。ネルソンは鑑賞者を外に立たせて感心させはしない。中に入れ、居心地の悪さを味わわせる。

海から来た名前

マイク・ネルソンは1967年、イギリスに生まれた。使い古された物、拾われた物、回収された物で組み立てた大規模な建築的インスタレーションで知られ、その空間はほとんど本物のように感じられる。ターナー賞の最終候補に二度選ばれ、2011年のヴェネチア・ビエンナーレではイギリス代表を務めた。

「The Coral Reef」という題は、沖合の何か、陸のみすぼらしい部屋から遠く離れたものを思わせる。その距離こそが要点なのかもしれない。珊瑚礁は無数の小さな体から育つ構造であり、死んだ層の上に層が重なる。過ぎ去ったものの上に生きている。

ネルソンの15の部屋も同じように育つ。ひとつひとつが、見捨てられた暮らしの層だ。単独では、どれも目立たない。つながると、迷い込める地形になる。

本物の迷路で迷う

多くのインスタレーションは、見られるための空間をつくる。「The Coral Reef」は、迷うための空間をつくる。それは別のことだ。見るとは立ち止まること。迷うことは体全体を使う。ドアからドアへ動く脚、光の種類ごとに慣れていく目。

イリヤ・カバコフの廊下と同じく、ネルソンの迷路にもたどり着くべき中心はない。すべての部屋を歩き抜けても答えには至らない。来場者を出発点に戻すだけだ。見すぎたのに何も分からなかった、という感覚とともに。

出ていくとき、人はたいてい小さな細部をひとつ持ち帰る。椅子、一枚の紙、壁の色。作品は広大なのに、いちばん長く残るのは断片である。