エッセイ · 写真
畠山直哉(Naoya Hatakeyama)。「Lime Works」。
Naoya Hatakeyama. Lime Works.
都市が立ち上がる前、それは工場の屋根の粉である。
およそ三十の工場
Lime Works は、畠山直哉が1990年代初めに制作したカラーのシリーズである。北は北海道から南は沖縄まで、日本各地の約三十か所の石灰岩の採石場、石灰工場、セメント工場を訪ねた。
シリーズは1996年、東京のシナジー社から写真集として最初に世に出た。すぐに売り切れ、何度か再版されている。ロサンゼルスのゲティ美術館が、シリーズの一点「Lime Works #46101」を所蔵している。
多くは夕暮れか夜明けに撮られた横長の画面だ。建物は灰青色。窓や戸口から暖かいオレンジの光がもれる。パイプ、塔、コンベヤー、トンネルがつながり、誰もいない小さな都市のようである。
すべてを覆う粉の層
見る人がまず気づくのは白だ。石灰岩の粉が屋根を、壁を、手すりを、地面を覆う。鋼の鋭い縁をやわらげる。画面全体を、雪が降ったばかりのように見せる。
粉は効果ではない。石が石灰やセメントに変えられるあいだに削られ、空気に舞い上がり、また降り積もった物質である。工場は自分の仕事を、自分の体に記録している。
畠山は、工場の中の灯りがまだともっている、光の弱い時刻を選んだ。写真には絵画に近い繊細さと静けさがある。機械の音はなく、動く煙もなく、働く人もいない。表面と、その上の粉だけ。
長く見ていると、粉が読めるようになる。石がよく通るところは厚い。風が運び去ったところは薄い。屋根は壁より白い。地面はそのどちらよりも白い。写真は、素材がふれた場所の地図になる。
採石場から都市へ
日本には乏しい鉱物が多いが、石灰岩は豊富にある。石灰岩はセメントになり、セメントはコンクリートになる。日本の都市の建物、橋、高速道路の多くは、畠山が撮ったような場所から生まれている。
Lime Works は都市を反対の端から見る。完成した塔のかわりに、塔の素材がつくられている場所を見せる。採石場は山が取り去られる場所。都市はそれが別の形に建て直される場所。工場はそのあいだにある。
この見方は、のちの仕事にも通じている。1995年に始めたBlastで、彼は採石場に戻り、石が崖から吹き飛ばされる瞬間をとらえた。Blast が循環のもっとも速い拍なら、Lime Works はもっとも遅い拍だ。待ち、砕かれ、冷えていく素材。
石でできた故郷
畠山は1958年、東北の沿岸の町、陸前高田に生まれた。石灰岩に富む地方である。子ども時代は、石が船に積まれる港と、一時期セメント工場で働いた父に結びついている。
Lime Works はそのどれも語らない。画面の中に経歴はない。けれど、石灰工場を探すためだけに国を横断するこのシリーズの根気は、その素材がカメラを持つ人にとって無縁ではなかったことをうかがわせる。
産業写真はしばしば冷たいものと見なされる。給水塔を列に並べたベルント&ヒラ・ベッヒャーのように。Lime Works はもっと温かい。オレンジの灯り、夕暮れ、細かな粉が、誰も写っていないのに、工場を人の住む場所のように見せる。