エッセイ · 嗅覚アート
オリヴィア・ジャコベッティ。一本の木とその木陰。
Olivia Giacobetti. A tree and its shade.
木ではない。そのまわりの空気。
Premier Figuier。場所としてのいちじくの木
1994年、L'Artisan Parfumeur は、オリヴィア・ジャコベッティによる Premier Figuier を発表した。名は主題をはっきり告げている。いちじくの木。花でも、貴重な木でもない。地中海のまわりの庭でおなじみの木で、壁に沿って育ち、樹冠が広く、手のひらほどの葉をもつ。
それまで、香水が果樹を主題にすることはまれだった。ローズ、ジャスミン、サンダルウッド、オークモスがおなじみの名だった。いちじくはそうではなかった。眺める花がない。花は果実の内側に隠れているからだ。あるのは葉、樹液、木、熟れた果実だけ。
だから Premier Figuier は花の写しにはなりえなかった。場所の記録でなければならなかった。それを嗅ぐ人は、テーブルの上の物の前に立つのではない。真昼、どこか頭上に太陽のある、樹冠の下に立つ。
いちじくはのちに、ほかの多くの家にも現れた。Diptyque には、同じくジャコベッティによる Philosykos があり、数年後に発表された。いちじくはそれ自体ひとつの主題になった。けれど最初のボトルはひとつのことを保っている。それは出来合いの処方からではなく、一本の木をじっくり見ることから始まった。
葉、樹液、木。いくつもの面をもつ物
いちじくの木は一度にいくつもの匂いをもつ。つぶした葉は、緑で、少し苦く、干し草のように少し甘い。折った茎からは乳白色の樹液がにじみ、べたついて、固有の匂いがある。樹皮と枝はかすかに木の匂いがする。熟れた果実は柔らかく甘く、蜜に近い。
Premier Figuier はこれらの面のどれかひとつを選ばない。いくつかを同時に抱え、隣り合わせにしておく。最初に葉に気づき、次に樹液、次に木に気づくかもしれない。あるいはその逆かもしれない。順序は決まっていない。一本の木のまわりを歩き、一歩ごとに別の面を見るように。
それは写真に近い見方だ。どの角度も唯一の角度ではない。木はひとつの像ではない。あらゆるまなざしの総和である。
それは当時の習わしからも離れている。中央に、すべてがそのまわりを巡る大きな花の塊がない。あるのは一本の木のかけらだけ。間隔をおいて置かれ、嗅ぐ人が自分で組み合わせられるだけの数。
まばらな香り。素材としての隙間
ジャコベッティは澄んだ軽い香りで知られ、それはしばしば、中に空気を含んでいるかのように軽やかだと言われる。2000年、彼女は Éditions de Parfums Frédéric Malle のために En Passant をつくった。小麦と水の匂いとともに旅するライラックだ。2017年、En Passant はロンドンの Somerset House の Perfume 展のために選ばれた十の現代の香りのひとつになった。
これらの香りでは、隙間はひとつの素材だ。埋められない。保たれる。音楽の休符のように、墨の絵のまわりに残された白い紙のように。
濃い香りは多くを語る。まばらな香りは他のものに語らせる。ジャコベッティは後者を選んだ。だから彼女の仕事は、ひとつの特定の花よりも、ひとつの場所、ひとつの季節、過ぎていくひとときに結びつきやすい。
En Passant は「通りすがりに」という意味だ。その名は、これらの香りの現れ方を言い表している。あなたの前にじっと立ってはいない。通り過ぎ、跡を残していく。
物のまわりの空気
振り返れば、Premier Figuier とジャコベッティののちの仕事はひとつの考えを共有している。物は決して単独では立たない。一本の木は空気のなかに、日差しのなかに、壁のそばに立つ。その匂いは、それらすべてを合わせたものだ。
だから、いちじくの香りはひと夏まるごとを呼び戻せる。記録しているのは葉と樹液だけではない。真昼の暑さ、土の湿り、枝の下の木陰。
香水の歴史のなかで、分子の使い方を変えたボトルがあり、香りの名づけ方を変えたボトルがある。Premier Figuier は見方を変えた。香りが物の肖像であるだけでなく、場所の肖像でもありうることを示した。
ジャコベッティは物のまわりの空気を描く。三十年以上たったいまも、その空気は嗅ぐことができる。