エッセイ · 嗅覚アート

作者不詳「一対の香炉」

Unknown maker. Pair of perfume burners.

ブロンズに隠した小さな炎。部屋に香りをもたせるために。

一対の香炉、フランス、1785年頃。彫金を施したブロンズの香炉で、一部は鍍金、一部は古色仕上げ、頂に松かさの飾り

The Metropolitan Museum of Art、Mr. and Mrs. Charles Wrightsman 寄贈、1977年(Open Access、パブリックドメイン) · The Metropolitan Museum of Art



二つの香炉、半ば金、半ば暗色

この一対の香炉は1785年頃につくられた。ニューヨークのメトロポリタン美術館はフランス製として登録している。それぞれ高さ55.2 cm、幅34.6 cm、奥行き21 cm。半メートルを超えるブロンズが揃いの一対となり、部屋に左右対称に置かれるようにつくられた。

素材は彫金を施したブロンズで、一部は鍍金、一部は古色仕上げだ。古色(パティナ)とは金属の表面の暗い色で、薬品によって、あるいは時間によって生まれる。二つの表面が隣り合う。明るい金と、深い茶。美術館によれば、この古色と鍍金のブロンズの対比こそが、この一対の最も際立った特徴だという。

頂には松かさの飾り。台座は溝彫りを施して平たく広がり、果実と花の重い花綱と垂れ飾りが下がる。これは新古典主義の語彙だ。ルイ16世の治世後期のフランスで流行し、デザイナーたちがギリシアとローマの建築や物をふり返った時代のものだ。

この一対は1977年、チャールズ・ライツマン夫妻から寄贈された。メトロポリタン美術館の524番展示室で、ヨーロッパ装飾美術のなかに展示されている。

香りのための小さな機械

遠目には、二つの装飾的な壺に見える。だが内側にははっきりした機能がある。美術館によれば、受け皿に小さなこんろかアルコールランプを据え、その上で練り香や甘い香りのエッセンスを温めることができた。

当時の練り香は、香りのある樹脂、スパイス、くすぶるのを助ける物質を押し固めたものだった。温められると、炎を上げずに香りを放った。匂いは熱とともにのぼり、部屋に広がった。

つまりこの一対は装置だ。熱源があり、香りの素材を置く場所があり、煙と蒸気の逃げ道がある。それでいて技術的な部分はすべて、美しいかたちの内側に隠されている。誰も機械を見たがらなかった。見たかったのは鍍金のブロンズ、果実、松かさだった。

ブロンズ職人は誰だったか

美術館は作者を確定していない。だがメトロポリタン美術館は、この一対がピエール=フィリップ・トミール(Pierre Philippe Thomire)の作である可能性を示している。1751年生まれ、1843年没。トミールは当時のパリで最も優れた彫刻家、ブロンズ職人のひとりだった。貴族のために鍍金ブロンズをつくり、のちにはナポレオンの宮廷のためにもつくった。

作者を不詳と記すのは欠落ではない。18世紀フランスの装飾ブロンズは、たいてい何人もの手を経た。デザイナー、鋳造師、彫金師、鍍金師。署名のあるものはごくわずかだ。美術館は知っていることだけを述べ、推測は推測として示す。

だから今日の来館者は、場所と年代ははっきりしているのに、手の輪郭はぼやけた物の前に立つ。香炉は名前よりも、ひとつの工房、ひとつの都市、ひとつの時代に属している。

なぜこの香炉が大切なのか

18世紀後半、ヨーロッパの貴族の部屋の香りは計算されたものだった。床には木を、壁には絹を、灯りにはブロンズを、そして空気には匂いを選んだ。この香炉は、その匂いが最も高価な物に、最も熟練した手によってつくられた物に託されていたことを示している。

火と美の奇妙な関係も示している。部屋は、あちこちに隠された小さな炎によって暖められ、照らされ、香りづけされていた。香炉もそのひとつだった。燃えているという事実を隠すために、美しいのだ。

当時のフランスでは、ほかにも多くの鍍金ブロンズの香炉がつくられた。クロード・ガレの香炉のように、作者の名がはっきりしたものもある。並べて見ると、ひとつの仕事の全体が見えてくる。香りのための殻をつくる仕事だ。

524番展示室に、いま火はない。二つの香炉は静かに、清潔に、冷たく立っている。その香りは名前のなかにしか残っていない。それでも近くで見れば、かつて炎があった場所がまだわかる。