エッセイ · 近代美術

ピエロ・マンゾーニ(Piero Manzoni)。「Artist's Breath」。

Piero Manzoni. Artist's Breath.

息は去った。皮は残る。

ピエロ・マンゾーニ「Artist's Breath」:金属のプレートを付けた木の台の上の、しぼんだ赤い風船と二つの鉛の封印の付いた紐

テート · Tate



木の台の上のゴムの切れ端

一見すると、ほとんど何もない。低く四角い木の台。その上に、くしゃくしゃになった赤いゴムの切れ端が、木に平たく貼りついている。ゴムには紐が結ばれ、ピエロ・マンゾーニの名が刻印された小さな鉛の封印が二つ下がる。台には小さな金属のプレートがあり、作家名とイタリア語の題名が記されている。Fiato d'artista、作家の息。

この切れ端は、かつてはいっぱいに膨らんだ風船だった。マンゾーニは1960年にそれを自分の息で満たし、彫刻として台に据えた。時とともに空気は抜け、風船はしぼみ、ゴムは下の木に貼りついた。いまは脆く、ところどころひどく壊れやすい。

この一点はロンドンのテートの所蔵で、2000年にコレクターのアッティリオ・コドニャートから寄贈された。全体の高さは約三・五センチ、台は約十八センチ四方。紐は風船とつながる箇所だけで固定され、残りは二つの鉛の封印の重みでその場に留まっている。

身体をリットル単位で売る

マンゾーニは風船をひとつだけ作ったのではない。いくつも作り、いくつあるのかはまだ誰も確かにはわからない。1991年のカタログ・レゾネには十一点が載る。その後ミラノのマンゾーニ・アーカイブはさらに多くを記録した。白、赤、そして青がひとつ。

「Artist's Breath」の前に、1959年と1960年に作られた「Bodies of Air」がある。どれも風船と台とポンプを収めた木箱だった。買い手は自分で風船を膨らませることも、追加料金を払ってマンゾーニ本人に膨らませてもらうこともできた。テートの記録によれば、彼は自分の息に1リットルあたり200リラの値をつけた。

その数年、マンゾーニは自分の身体をもとにした作品を次々と作った。さまざまな長さの線を引き、その寸法を作品名にした。卵に親指の指紋を押し、それを食べた。女性の身体に署名し、生きた彫刻だと宣言した。最も有名なのは1961年の「Artist's Shit」。作家の排泄物が入っているとされる缶で、同じ重さの金の値で売られた。

その流れのなかで、息はいちばん軽いものだ。形もなく、色もない。売るためには、皮が要る。

永遠、そしてしぼむ

1960年、マンゾーニは言った。風船を膨らませるとき、自分は永遠になる物に魂を吹き込んでいるのだと。風船は永遠ではなかった。しぼんだ。価値を与えていたもの、作家の息が、最初に去った。

テートはこれを、滑稽でもあり悲しくもある逆説と呼ぶ。ある美術館の解説文の書き手は、初めてこの作品を実際に見たとき、首筋の毛が逆立ったと回想する。物はわずかで、ほとんど見えないほどなのに。しぼんだゴムは、空気を使い果たした身体の像として読むこともできる。

空気から芸術を作ったのはマンゾーニが最初ではない。1919年、マルセル・デュシャンはパリの空気50立方センチを薬局のガラス容器に封じた。1959年からはイヴ・クラインが、非物質的な絵画的感性の領域を金と引き換えに売った。マンゾーニはさらに一歩進んだ。自分の身体の内側にあるものを素材にしたのだ。

なぜ皮を覚えておく価値があるのか

「Artist's Breath」は単純な問いを投げかける。留めたかったものが去ったとき、私たちは何を留めているのか。美術館はゴムの切れ端、紐、二つの鉛の封印を保存する。息はもうない。それでも、これが作品ではないと言う人はいない。

息が去ったからこそ、残ったものに意味があるのかもしれない。膨らんだままなら、ただの風船だっただろう。しぼんだことで、そこにかつて息があったという証拠になる。特定の人の、特定の年の息が。

そう見れば、この作品は価値をめぐる冗談ではない。摩耗そのものによって時間を記録する方法だ。