エッセイ · 嗅覚アート

ルネ・ラリック、モリナールのために「Calendal」

René Lalique for Molinard. Calendal.

香りを空中へ送り出す瓶。

ルネ・ラリック、モリナールのためのアトマイザー「Calendal」。緑のエナメルで踊る人物のフリーズをめぐらせた卵形のガラス本体と真鍮のキャップ

© Victoria and Albert Museum, London、R.J.C. Hildyard 寄贈 · Victoria and Albert Museum (V&A)



グラースのためのアトマイザー

「Calendal」は、1929年7月にルネ・ラリックがデザインし、1930年ごろに作られた香水アトマイザー。ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館の一点は高さ10 cm、幅8 cm。ガラスの本体、エナメル、真鍮の金具からなる。

V&A によれば、グラースとパリに拠点を持つ香水メゾン、モリナールのためだけに作られた。底には Molinard Paris France の文字が酸でエッチングされている。金属の縁には、Molinard、Grasse、Paris をくり返す小さな刻印の一行があり、ほかにも全体を読みとりにくい刻印がある。

モリナールは1849年にグラースで創業した。「Calendal」はその香りのひとつで、1929年に発表された。ラリック美術館(Musée Lalique)によれば、名はフレデリック・ミストラルの詩に由来する。ミストラルは、グラースの地方の言葉であるプロヴァンス語で書いた。

踊り手の帯

本体は卵形。浮き彫りの模様は型のなかで機械吹きされ、古色がほどこされた。そのまわりを、踊る裸婦たちのフリーズがめぐり、緑のエナメルで際立たせられている。上には真鍮のキャップ。

人物たちはつながって輪になる。始まりも終わりもない。手のなかで瓶を回すと、踊りは続く。緑のエナメルが人物をガラスから浮き上がらせる。すりガラスに落ちた影のように。

これが1920年代末のラリックである。線はアール・ヌーヴォーの時代より簡潔になり、リズムはより均等で、アール・デコの精神に近い。けれども古い習慣は残る。彼はなお物の上に人の姿を置き、なお最後の仕事を光にまかせる。

収めることから放つことへ

ふつうの香水瓶には栓がある。開けて、香りを肌につけ、また閉める。アトマイザーは違う。液体を、空中に漂う細かな粒に変える。香りは瓶からまっすぐ肌へは行かない。まず小さな空間を渡る。

その仕組みが、瓶の見え方を変える。もはや香りが蓄えられる場所だけではない。出発点である。香りがほんとうの生を始めるのは、ノズルを離れ、空気に、体の温もりに、部屋の温もりに出会ってからである。

だからアトマイザーは身ぶりの物である。手が押し、空気が押し出し、香りが飛ぶ。使うたびに、毎日くり返される小さな動き。家を出る前の、ほとんど儀式。

本体をめぐる踊り手たちは、その身ぶりに呼応する。ルネサンスの版画で香炉を捧げ持つ女性たちのように静止してはいない。動いている。瓶は機能としてすることを、像として語る。香りを動きのなかへ置く。

なぜ「Calendal」は残るのか

「Calendal」は、香水瓶が20年でどれほど遠くまで来たかを示す。香りの名がガラスに型押しされた1909年のコティのための瓶「Cyclamen」から、香りが瓶を離れるさまをかたちそのものが描く1929年のアトマイザーへ。

それはまた、ひとつの特別な関係も示している。このアトマイザーはモリナールのためだけに作られた。どのメゾンにも売られる既製の型ではない。パリのガラスのデザイナーとグラースの香水メゾンが、プロヴァンスの詩にちなんで名づけられた物をともに作った。

今日、アトマイザーは V&A の収蔵庫にあり、誰かが見たいと求めたときに取り出される。もう噴霧はしない。けれども緑の踊り手たちはいまも本体をめぐり、飛び去った香りの代わりをつとめている。