エッセイ · 写真
リチャード・ミズラック「Desert Cantos」
Richard Misrach. Desert Cantos.
乾いた土地は、すべての痕跡をとどめる。
Fraenkel Gallery · Fraenkel Gallery
終わりのないプロジェクト
リチャード・ミズラックは1979年に「Desert Cantos」を始めた。40年以上たった今も開かれたままだ。アメリカ南西部の砂漠、カリフォルニア、ネバダ、ユタにまたがる、彼の最も長く最も野心的なシリーズ。
彼は三脚に据えた8x10の大判カメラで撮る。重く、遅い。一回の露光ごとに一から組み立てなければならない。その代わり、大きなネガは密な細部を抱える。プリントでは、小石の一つひとつ、塩の筋の一本一本、雲の層の一枚一枚が読める。
カントは、長い詩の一節を指すイタリア語。ミズラックはプロジェクトをそうした節に分け、それぞれに固有の主題を与える。あわせて、ひとつの地域についての写真による詩になる。
その速度が見ることを形づくる。写真家は急いで撮れない。どこに立つかを選び、光を待ち、それからレンズを開く。「Desert Cantos」の一枚一枚は、一瞥ではなく、ゆっくりとした決断の結果だ。
火と水と穴のカント
それぞれのカントは、ひとつの現象を通して砂漠を見る。「The Flood」はカリフォルニア最大の湖、ソルトン湖をめぐるもので、上がった水が岸辺に築かれたものを沈めた。「The Fires」は燃える土地を写し、その多くは人が火をつけたもの。「The Pit」は家畜の死骸が捨てられた穴を写す。ほかのカントは軍の実験場や、スペースシャトルの着陸のような出来事を扱う。
Fraenkel Gallery のページにある題が、その幅を示している。Desert Fire #153, 1984。Salton Sea (Red Beacon), 1985。Oil Derricks, Santa Barbara, 1984。Aerial Target ("Dart"), Wendover Air Base, Utah, 1990。Encrusted Tracks, Bonneville Salt Flats, Utah, 1992。Road, Moab, 1997。Pyramid Lake (at night), 2004。Clouds, June 8 2019。
並べて読むと、題はひとつの目録になる。火、水、石油、標的、轍、道、雲。砂漠は眺めではない。アーカイブだ。
美しさと不安がひとつの画面に
「Desert Cantos」を忘れがたくしているのは、写真が美しいことだ。やわらかな色、澄んだ広い砂漠の光、まっすぐな地平線。けれどその光の中にあるのは、しばしば損傷の痕跡だ。焼けた地面、汚染された湖、兵器に掘り返された土地。
二つは打ち消し合わない。見る人は美しさに引き寄せられ、不安のためにとどまる。ミズラックは写真で叫ばない。美しさを、スローガンよりも遅く、深く働かせる。
彼は、風景を見るとき私たちは本当は風景ではないもの、国の象徴であり隠喩であるものを見ているのだと語っている。その意味で砂漠は、アメリカが最もはっきりと自らを現す場所だ。何を築き、何を試し、何を置き去りにするか。
乾いた地面の時間
砂漠は写真家にとって特別な場所だ。物を隠す木は少なく、消し去る雨も少ない。「Encrusted Tracks」のように、塩の上を横切る轍は、車が去ったずっとあとまで残りうる。乾いた地面は、とても遅い露光のように痕跡を抱える。
ミズラックは何十年にもわたってこれらの場所へ戻る。1980年代の写真が、2019年の一枚と並ぶ。同じ土地。けれどその光、その水、人がそこに残したものは、戻るたびに移ろう。
だから「Desert Cantos」は、ひとつの場所についてだけの作品ではない。場所の時間についての作品だ。人が地面を変える速さと、地面が自らを変える速さとの比較。産業が土地に残す跡へのもうひとつの視線はエドワード・バーティンスキー「Oil」に。