エッセイ · 写真

リチャード・ミズラック「Golden Gate」

Richard Misrach. Golden Gate.

眺めはとどまる。光は二度と繰り返さない。

リチャード・ミズラック「Golden Gate」(5.21.98, 6:04am)。朝の光の中、遠くから見たゴールデン・ゲート・ブリッジとサンフランシスコ湾

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湾に面したポーチ

1997年、リチャード・ミズラックと妻は、サンフランシスコの対岸、バークリー・ヒルズの家に移った。玄関のポーチからは、ゴールデン・ゲート・ブリッジの全景、アルカトラズ島、街のスカイラインが見えた。

ミズラックはその眺めを撮りはじめた。一度ではなく幾度も。異なる時刻に、異なる日に、異なる季節に。カメラは同じ場所にとどまり、同じ方向を向いた。橋はいつもそこにあった。同じ大きさで、画面の同じ位置に。

仕事は何年も続いた。1990年代後半から2000年代初めまで。その結果が、ひとつの眺めを写した膨大な数の写真。どの二枚も同じではない。

ひとつ、書き留めておきたいことがある。ゴールデン・ゲートは世界で最も多く撮影された建造物のひとつで、絵葉書にも、映画にも、壁掛けカレンダーにも現れる。それを主題に選ぶことは挑戦だ。どうすれば初めてのように見られるか。ミズラックの答えは、珍しい角度ではなかった。角度をそのままにして、待った。

題は時計

「Golden Gate」の写真には名前がない。それぞれが日付と時刻で呼ばれる。5.21.98, 6:04am。10.31.98, 5:18pm。12.14.99, 5:29pm。5.15.00, 7:32am。

長時間露光のものもある。3.20.00、朝の4:05から5:00まで。11.10.00、朝の12:50から3:40まで。船の灯りが水面を横切る線として描き込まれている。これらの写真では、時間はもはや瞬間ではなく、ひとつの幅だ。

写真をこう名づけることで、シリーズは光の日記になる。見る人は有名な橋を賞賛するよう誘われるのではない。5月の朝、10月末の夕方、11月の夜を見るよう誘われる。橋は、時間がめぐるのを見せてくれる、動かない針だ。

光、色、大気

Fraenkel Gallery はこのシリーズを、固定された見慣れた眺めを超えていく光、色、大気についての瞑想だと述べる。サンフランシスコ湾は天気の変わりやすい場所だ。霧が橋を呑み込み、一時間のうちに晴れることもある。空は銀灰色にも、桃色にも、ほとんど黒にもなる。

眺めが変わらないから、空気の変化はすべてあらわになる。見る人の気をそらす新しいものは何もない。残されるのは、色の深さ、霧の厚さ、太陽の位置。

一枚から次の一枚へ、橋はよりくっきりと、あるいはより淡く、より明るく、あるいはより暗くなる。ときに地にほとんど溶け込み、ときに定規で引いた線のように鋭い。同じ物が、そのたびに違って現れる。

これは「Desert Cantos」とは別の忍耐だ。砂漠では、ミズラックは痕跡を見つけるために遠くまで車を走らせた。バークリーでは、ポーチに出るだけでよかった。主題は毎日向こうからやって来た。彼の仕事は、それを見逃さないことだった。

写真から一冊の本へ

2001年、このシリーズはサンタフェの Arena Editions から「Golden Gate」として刊行された。美術史家T・J・クラークと地理学者リチャード・ウォーカーの論考つき。本には85点のカラー写真が収められ、多くは全面で刷られている。のちに Aperture が2005年と2012年に再び刊行した。

ページをめくると、読み手はカレンダーをめくるようにその変化をくぐり抜ける。物語も、登場人物もない。一本の橋と、その上を過ぎていくすべてだけ。

このシリーズは、時間を素材とするプロジェクトの縁者だ。河原温の「I Got Up」は、毎朝起きた時刻を絵葉書にスタンプした。ミズラックは時刻を題に入れる。どちらも簡素なことを示す。繰り返しこそ、変化を見るいちばんの方法だと。