エッセイ · 写真

川内倫子(Rinko Kawauchi)「Ametsuchi」

Rinko Kawauchi. Ametsuchi.

火が草原を渡る。草原が残るために。

川内倫子「Ametsuchi」。毎春、草原が焼かれる火山地帯・阿蘇でつくられたシリーズの一枚

Prix Pictet · Prix Pictet



阿蘇へ導いた夢

「Ametsuchi」は、天と地を意味する日本の古いことば(あめつち)だ。川内倫子はそれを、日本の南、九州にある火山地帯・阿蘇でつくったシリーズのタイトルにした。

Prix Pictet のウェブサイトで彼女が語るところでは、始まりは夢だった。2007年ごろ、川内は忘れられないほど鮮やかな光景を夢に見た。2008年、はじめて阿蘇を訪れた。三月、土地の人々が野を焼く季節に。その後の数年、何度も戻った。シリーズの年記は2012年。

それまでの作品で、川内は手の届く範囲のもの、家のなか、一日のなかにあるものを撮ることが多かった。「Ametsuchi」では枠が大きくひらく。燃える山の斜面全体、夜空全体。それでも見方は彼女のものだ。静かで、劇的ではない。火が主題であっても。

保つために焼く

阿蘇の野焼きには、約1,300年の歴史がある。毎年春、人々は草の斜面に火を放つ。火は前の季節の枯れ草を走り抜け、新しい芽のための道をひらく。それがなければ、低木や木々が入り込み、草原は消えてしまう。野焼きは草原を壊さない。何世紀ものあいだ草原を保ってきたのは、この火である。

写真が収められるのは、その循環のひとつの瞬間だけだ。写真の火は燃えている。けれど見る人は、そのあとに来るものを知っている。黒くなった斜面、土の上の細かな灰、季節が暖まるにつれて戻ってくる緑。写真は続きを見せる必要がない。それを知っていることが、枠のなかの火を、もう恐ろしくないものにする。それは毎年くり返される、土地の呼吸になる。

川内が関心を寄せるのはここだ。Prix Pictet のサイトで彼女は、世代を超えて受け継がれてきた儀式について書いている。祈りと知恵のかたちとして、見える世界と見えない世界をつなぐものとして。阿蘇の丘の火は、実用の農作業であり、同時に儀礼でもある。ふたつの意味は切り離せない。

燃える斜面の前で、火の番をする人々はとても小さくなる。草原と煙と空は何倍も大きい。その比率こそ、川内の関心そのものだ。人はこの光景の中心ではない。自分の生よりはるかに長い循環に属していて、そのことを知っている。

見えない接点

「Ametsuchi」は火だけではない。川内は野焼きの写真の横に、プラネタリウムで撮った写真、星空の写真、そして神楽の写真を置く。神楽は神々に捧げられ、夜に舞われる儀式の舞だ。一見すると、それらは別々の世界に属している。農、科学、信仰。

無関係に見えるもののあいだには、いつも見えない接点がある、と川内は書いている。「Ametsuchi」は、そうした接点を探す試みだ。丘の上の火と頭上の星の光は、どちらも遠くからの光である。毎年の野焼きの巡りと星座の巡りは、どちらも人が指図できず、ただ従うことしかできない循環だ。

この像の組み合わせ方は、「Utatane」で始めたことの続きだ。写真を並べ、それら自身につながりを見つけさせる。ただしここでは、つながりはもう午後のなかに収まらない。千三百年にわたって伸びている。

このシリーズはのちに、写真と環境の国際賞 Prix Pictet の「Space」のサイクルで紹介された。サイクルの名は「Ametsuchi」にふさわしい。これは天と地のあいだの空間についての、そしてそのなかで人がどこに立つかについてのシリーズだから。