エッセイ · 現代アート

ロバート・スミッソン「Spiral Jetty」。

Robert Smithson. Spiral Jetty.

物をつくり、あとは場所に仕上げさせる。

ロバート・スミッソン「Spiral Jetty」:ユタ州グレートソルト湖の水へと巻き込む黒い玄武岩と土の螺旋、上空から

撮影:Gianfranco Gorgoni;© Holt/Smithson Foundation、Dia Art Foundation / ライセンス:Artists Rights Society, New York · Holt/Smithson Foundation



塩湖の上の螺旋

ユタ州グレートソルト湖の北東岸に、ロゼル・ポイント(Rozel Point)と呼ばれる岬がある。1970年4月、ロバート・スミッソンはここに低い突堤を築いた。岸から水の中へ延び、反時計回りの螺旋に巻いていく。

ホルト/スミッソン財団(Holt/Smithson Foundation)によれば、「Spiral Jetty」は長さ約457メートル、幅4.6メートル。現地で採った約6,650トンの黒い玄武岩と土でできている。岩とともに、泥、析出した塩の結晶、湖の水も、すべてその素材に数えられる。

台座もなく、額もない。岩はトラックから落とされ、機械でならされた。作品は土地に引かれた一本の線。けれど何千トンもの重さのある線だ。

岸から見えるのは、ゆっくりと曲がる石の突堤だけ。螺旋の全体を見るには、背後の斜面を登るか、上から見下ろすしかない。

残された場所を選ぶ

スミッソンがロゼル・ポイントを選んだのは、美しさのためではない。ホルト/スミッソン財団によれば、彼がそこを選んだ理由のひとつは近くの産業の遺物だった。放棄された石油掘削装置、そして遠くないところにあるゴールデン・スパイク(Golden Spike)。1869年にアメリカの二つの大陸横断鉄道が出会った場所だ。

それは使われ、置き去りにされた物の風景だった。スミッソンはそういう場所を好んだ。彼はよくエントロピーについて書いた。物が秩序から無秩序へ、熱から冷たさへ、形から崩壊へと滑っていく傾向。湖畔で錆びていく掘削装置は、目に見えるエントロピーだった。

彼の螺旋はその過程に抗わない。その中に置かれている。作品は、場所の移り変わる条件と関わり合うように構想された。

グレートソルト湖は海より何倍も塩辛い。水位は雨と干ばつと、人が引く水によって上下する。螺旋が水面下にあった時期もある。露わになり、白い塩をまとった黒い岩として横たわる時期もある。

ひとつの作品、三つの形

「Spiral Jetty」は突堤だけではない。築いた直後、スミッソンとナンシー・ホルトは1970年に映画をつくった。題はやはり「Spiral Jetty」。2年後の1972年には、同じ題のエッセイを書いた。

スミッソンにとって、三つはすべてひとつの作品に属していた。突堤はユタにあり、どの都市からも遠く、たどり着くのが難しい。映画とエッセイは、岩が行けない場所へ作品を運んだ。人は実際にその上に立つ前に、画面やページから「Spiral Jetty」を知ることができた。

ナンシー・ホルトは彼の妻であり、自身もランド・アーティストだった。数年後、彼女は同じユタ州のグレートベースン砂漠に「Sun Tunnels」を築いた。ひとつの地域にある二つの作品が、違う方向を向いている。彼は土と水を見下ろし、彼女は太陽を見上げた。

1973年、スミッソンはテキサスで別の作品の敷地を調査中、飛行機事故で亡くなった。35歳だった。「Spiral Jetty」は彼が遺した最大の作品となった。

時間を続けさせる

1999年、ナンシー・ホルトとロバート・スミッソンの遺産管理団体は、「Spiral Jetty」をディア芸術財団(Dia Art Foundation)に寄贈した。以来、ディアはホルト/スミッソン財団とともにそれを守っている。

けれどここで守るとは、変わらないよう保つことではない。岩から塩を拭う人も、波が削ったものを築き直す人もいない。作品は意図どおり、その場所に開かれたまま。塩の結晶ができては溶ける。泥が沈み、乾く。

いま訪れる人が見るのは1970年とは違う「Spiral Jetty」であり、十年後に訪れる人はまた別のものを見る。どの版もオリジナルではない。作品とは変化の過程の全体である。

螺旋はこの考えにふさわしい。円のように閉じない。まだ途上にあるかのように、内へ内へと巻きつづける。