エッセイ · 写真

ホンマタカシ。「Tokyo Obscura」。

Takashi Homma. Tokyo Obscura.

部屋がひとりでに街を見る。

ホンマタカシ「Tokyo Obscura」。暗くした部屋に投影された東京の像、ぼやけて見慣れない色をしている

Aperture · Aperture



暗室としてのホテルの部屋

ホンマタカシは長く東京を撮ってきた。このシリーズの前に、街についての本を何冊も出している。1998年「Tokyo Suburbia」、2001年「Tokyo Children」、2006年「Tokyo and My Daughter」、2008年「Tokyo」。平らな郊外、子どもたち、壁、大きな街のありふれた物を彼は知っていた。

「Tokyo Obscura」で彼は方法を変えた。街のホテルの部屋をとり、窓を黒い紙で覆い、光が漏れそうな隙間をすべてテープでふさいだ。小さな穴だけを残す。部屋全体がピンホールカメラになった。

街の自然光はその穴を通り、向かいの壁に像を結んだ。何世紀も前からカメラ・オブスキュラがそうしてきたように、上下逆さに。ホンマはそこにカラーフィルムを置き、光に記録させた。

彼はその考えを平易な一行にまとめた。建築を使って建築を撮る。部屋は建物の一部。とらえるのは外の建物だ。

給水塔、通り、スカイライン

写真に現れるのはありふれたものだ。屋上の給水塔、街角、スカイライン。焦点として選ばれた名所はない。そのホテルの窓辺に立てば誰でも見えるものだけ。

けれどピンホールを通ると、景色はありふれたものでなくなる。像はここでぼやけ、あそこで鋭くなる。色は現実から離れ、ホンマが見たことがないと言う色調へ漂う。いくつかの写真では大きな点が景色の一部を覆う。穴そのものの跡のように。

ここで写真家は作品からほとんど退く。ホンマは部屋を選び、窓の向きを選び、光を封じ、そして待つ。残りは天気、時刻、部屋そのものが決める。曇った午後は、晴れた朝とはまるで違う写真を生む。彼は街を演出できない。街が闇のなかに自らを焼きつけるのに任せるだけだ。

シリーズは東京を特集した2015年夏の号、「Aperture」219号に掲載された。同じ街の他の眼差しのなかで、ホンマの写真はカメラを持つ人がいない点で異なる。あるのは部屋、小さな穴、そして時間だけ。

闇のなかの先人たち

東京の部屋をカメラに変えたのはホンマが最初ではない。1970年代、コンセプチュアル・アーティストの山中信夫が自分のアパートでそれを行った。ホンマは彼を直接のインスピレーションとして挙げている。

さらにさかのぼれば、ニセフォール・ニエプス(Nicéphore Niépce)がいる。史上最初の写真を、やはり暗い箱と長い時間で作った人だ。そして写真の外にもひとつの源がある。谷崎潤一郎の1933年の随筆『陰翳礼讃』。仄暗い日本の室内の美しさ、物が強い光でなく陰のなかで見られることを書いた文章だ。

谷崎のかたわらに置くと、「Tokyo Obscura」はもうひとつの層を得る。今日の東京は夜の灯り、画面、ガラスの明るい街だ。ホンマはそれを暗い部屋に引き戻し、すべてを見るには決して足りない、弱く遅い光で見つめる。

これらの写真のなかの街は、地図よりも記憶に似ている。かたちはわかるが、自分がどこに立っているのかは定かでない。そして投影は常に逆さなので、どの写真も生まれた場所の小さな痕跡を帯びている。明かりを消したホテルの部屋から、外を見ている。