エッセイ · 嗅覚アート

トーマス・ヒルシュホルン「Flamme éternelle」

Thomas Hirschhorn. Flamme éternelle.

ゴムの匂いが、中へ入る招待状。

トーマス・ヒルシュホルン「Flamme éternelle」。中央に炎を据えたフォーラムを囲むゴムタイヤのバリケード、パレ・ド・トーキョー


タイヤのバリケード

2014年4月24日から6月23日まで、パリのパレ・ド・トーキョーは空間の一部を、スイスのアーティスト、トーマス・ヒルシュホルンに委ねた。彼はそこに「Flamme éternelle」、永遠の炎という作品をつくった。

主な素材はタイヤ。16,000本以上が積み上げられて壁やバリケードになり、空間を仕切っていた。壁は仮設で、急ごしらえに見え、いつ崩れてもおかしくないようだった。

来場者は、目で見る前に着いたことを知った。敷居で強いゴムの匂いが迎えた。修理工場、廃車置き場、熱い道路の匂い。美術館の中では奇妙で、不快だった。そして無視することができなかった。

とどまるための場所

バリケードのあいだには、働く場所があった。約600冊の本と DVD の図書室。誰でも使えるコンピューター。彫刻の工房。バー。そして、絶えず燃える炎を囲む二つのフォーラム。炎は金属板で覆われていた。

家具はもっとも安いものでできていた。プラスチックの椅子、茶色のテープを巻いたテーブル、発泡スチロールの彫刻。ヒルシュホルンは長くこうした素材を使ってきた。彼にとって、基準としての「質」は排除をつくる手段であり、誰が入れるか、何が芸術とみなされるかを決めるものだ。

ここには、遠くから眺めるためにつくられたものは何もなかった。読むための本、使うためのコンピューター、作業するための工房、座るためのバー。来場者は作品の外に立たなかった。中にいて、それを使い、少しずつそれをつくっていた。美術館はふつう、静けさと、ゆっくりした歩みと、触れないことを求める。「Flamme éternelle」はその逆を求めた。話すこと、とどまること、手に取ること。

入場は無料。ヒルシュホルンは二か月のあいだ毎日、正午から真夜中までそこにいた。

存在と制作

ヒルシュホルンは自らの制作原理を「Presence and Production(存在と制作)」と呼ぶ。「Flamme éternelle」は四つの点の上に築かれた。そこにいること、つくること、無料の入場、決まった予定を持たないこと。

哲学者、作家、詩人など、約200人のゲストが話すために招かれた。時間は決まっていない。聴衆は、たまたまその場にいた人。毎日、会場で会報が印刷され、起きたことと書かれたことが記録された。

彼の招待は、哲学者から通りすがりの人まで、すべての人に向けられていた。芸術、哲学、詩、書くことのあいだの友情に、ともに形を与えること。作品はタイヤの壁ではなかった。作品は、壁と壁のあいだで起きたことだった。

灯り続ける炎

タイトルは、墓や記念碑に灯される追悼の炎を思い起こさせる。何かが忘れられないよう、灯し続けられる炎。ヒルシュホルンの炎は誰も追悼しなかった。フォーラムの中で出会いの場として燃え、近くに腰を下ろす理由になった。

ゴムの匂いと炎は、同じ作品の両端だ。一方は重く、動かず、積み上がっている。もう一方は絶えず動き、絶えず燃やし、絶えず世話を必要とする。匂いはタイヤから部屋へ、本へ、服へ、会話へと伝わった。人々はそれをまとって帰っていった。

この炎は、見かけよりもケイティ・パターソンのお香に近い。どちらも火と匂いを使い、目に見えないもの、時間や思考を、身体で感じられるものにする。