エッセイ · 写真
トーマス・ルフ「Photograms」
Thomas Ruff. Photograms.
何にも触れられたことのない痕跡。
提供:作家および David Zwirner Gallery(New York、London) · Aperture
カメラのない写真
フォトグラムは、写真のもっとも古い技法のひとつ。カメラもレンズもない。暗室で感光紙の上に物を置き、一瞬だけ光を当て、紙を現像する。物が光をさえぎったところは、紙が白いまま残る。光が届いたところは、紙が黒くなる。結果は、紙の上にじかに刷られた影だ。
この技法は19世紀にさかのぼる。1920年代、マン・レイやラースロー・モホイ=ナジといった前衛の芸術家たちが、それを芸術の言語にした。彼らはばね、プリズム、ガラス、切り抜いた紙を紙の上に並べ、あとは光に委ねた。モホイ=ナジは1930年代にカラーのフォトグラムも試みている。
フォトグラムには、いつも偶然がともなう。物がわずかにずれる、ランプが動く、紙が少し古い。それだけで結果が変わる。大きさは、暗室の紙の大きさに限られる。
コンピューターの中の暗室
トーマス・ルフは、デュッセルドルフ世代のドイツの写真家。既存の像から組み立てたシリーズで知られる。1989年の「Sterne」の天体写真、2003年の「maschinen」の産業機械、2008年のカッシーニ探査機の画像。自分で撮っていない像を扱うことが多い。
「Photograms」の着想は、彼自身のコレクションから来た。ルフは、20世紀半ばのアメリカの作家アート・シーゲルのフォトグラムを何点か持っていた。2011年ごろ、彼はフォトグラムを別の方法でつくれないかと考えはじめた。
彼の答えは、3Dソフトウェアの中に築いた仮想の暗室だった。そこにはデジタルの印画紙、物、光源がある。物はフォトグラムの歴史でおなじみのもの。レンズ、箸、渦巻き、紙の帯。ルフはそれらを配置し、真上に光を据え、その色を選ぶ。そしてコンピューターが影を計算する。
光が仮想なので、色を使うことができる。けれど彼は控えめにしか使わない。色が多すぎると、像はもうフォトグラムに見えず、ただ奇妙で抽象的になる、と彼は語っている。彼はそれがまだ影として読めることを望んだ。
どの暗室よりも大きな影
古典的なフォトグラムは大きさに限りがある。ルフのものはとても大きくプリントされる。この技法でそれまでにつくられたほとんどどれよりも大きい。その前に立つと、観る者は自分の身体より大きな渦巻きと向き合う。半透明の影が重なり合い、まるで小さな世界から拡大されたかのように見える。
シリーズは2013年3月下旬から4月下旬にかけて、ニューヨークのデイヴィッド・ツヴィルナーでの「photograms and ma.r.s.」で初めて発表された。並んで展示されたのは、火星の表面の画像からつくったルフのシリーズ「ma.r.s.」。
並べて見ると、二つのシリーズには共通するものがある。どちらも、人が立つことのできない場所を写している。別の惑星の表面と、存在しない暗室の内部。ルフは世界を撮るのではない。レンズの後ろに誰も立っていないとき、写真はまだ何であるのかを問う。
アダム・フスは「My Ghost」で、フォトグラムを使って煙や蝶の翅をとらえる。現実の、けれど壊れやすいもの。ルフは逆の道をゆく。フォトグラムの形は保ちながら、物の場所を空けておく。ひとつの技法、ひとつの問いへの、まるで異なる二つの答え。痕跡が痕跡であるためには、何が必要なのか。