エッセイ · 嗅覚アート

陳鳴遠「Tripod Incense Burner」

Chen Mingyuan. Tripod Incense Burner.

部屋全体のためではなく、ひとつの机のための香り。

陳鳴遠「三足香炉」。三本の足で立つ、低い無釉の宜興炻器の器

Chen Mingyuan, Tripod Incense Burner. The Art Institute of Chicago、Mr. Russell Tyson 寄贈 · パブリックドメイン



5センチに満たない

シカゴ美術館はこう記録する。三足香炉、中国、清朝、17世紀。作者は陳鳴遠、活動期はおよそ1650年から1700年。素材、宜興炻器。寸法、高さ4.8 cm、径11 cm。

この二つの数字は、見かけ以上のことを語る。幅は高さの倍を超える。低く、広く、三本の足で安定し、机とほとんど同じ高さに収まる物。手のひらに載る。

美術館へはラッセル・タイソンの寄贈で入った。彼はほかにも中国陶磁を寄贈しており、そのなかには鴨のかたちをした宋代の香炉もある。記録に文章はない。物語も、解説もない。作者、素材、寸法だけ。

こうした物にとって、記録の沈黙は欠落ではない。見る人をいっそう注意深くさせる。

紫砂の土と、宜興の陶工

江蘇省の宜興は、紫砂と呼ばれる土で知られる。紫の砂。その器はしばしば釉をかけずに残され、物の色は焼いた土の色になる。茶、煉瓦色、深い紫、黄土。多くの人は急須を通して宜興を知る。

陳鳴遠は、最もよく名を挙げられる宜興の陶工のひとり。17世紀後半から18世紀初め、康熙帝の時代に活動した。急須だけをつくったのではない。木の実、果実、枝といった自然のかたちに倣った小品や、文人の机のための道具で知られた。その名はあまりに珍重され、後の多くの作が、彼のものでないのに彼の銘を刻んでいる。

シカゴの香炉は、その机の世界に属する。寺の器でも、広間の大きな香炉でもない。ひとりのための、なじんだひとつの席のための、私的な物。

三本の足は、遠い王朝の祭器である古代の青銅の鼎を思わせる。陶工はその厳かな形を借り、縮め、青銅を土に変える。祭祀の物が、硯の傍らに置く物になる。

机の上の香り

明や清の読書人の机では、香炉は見慣れた物だった。硯、筆、筆筒、文房の石の傍らに。香は供え物ではなかった。仕事に寄り添うものだった。頁の傍らの、ひと筋の細い煙。

これほど小さな香炉は、そういう煙に向いている。遠くへは行かない。香りを手の届く範囲に留める。机の人には香るが、戸口の人には届かないかもしれない。

Penta はここに、人の集まる場所の大きな香炉とはまるで違う、香りの考え方を見る。香りは何かを告げるためにあるのではない。窓からの光や紙の肌理のように、席の一部だ。仕事のための空間を区切る。

宜興の土は、さらにもうひとつの層を加える。無釉で、きめ細かく多孔質。茶を飲む人が、紫砂の急須は時とともに茶の味を宿すと言うのはそのためだ。この香炉が何を留めたのか、告げる記録はない。けれどその考えは素材の中にある。使われた痕跡を運びうる物。

ほぼ同じころの日本では、野々村仁清が陶の香炉をつくっていた。色釉と華やかな装飾をまとった香炉だ。並べると、二つの方向がはっきりする。一方は器を装う。もう一方は土に語らせる。

陳鳴遠の香炉の記録には、装飾の記載がない。形、土、三本の足だけ。そして中央に、火が灯されるのを待つ空っぽの空間。