エッセイ · 写真
トレント・パーク「Dream/Life」
Trent Parke. Dream/Life.
影は街を隠さない。街にもうひとつの形を与える。
© Trent Parke · Magnum Photos
新参者
トレント・パークはオーストラリアの写真家。田舎町を離れてシドニーへ出た。シリーズに添えられた説明によれば、街で最初に感じたのは孤立だった。街は人であふれていたのに、彼はどこにも属していなかった。
彼は歩き、撮り始めた。およそ5年にわたり、シドニーの通りをモノクロで撮った。選ばれた写真の多くは1998年と1999年のもの。
1999年、その仕事はパークの最初の写真集「Dream/Life」になった。シドニーのHot Chilli Pressから刊行。題は二つの語のあいだにスラッシュを置く。夢と生活が一枚の紙の表と裏であるかのように。
何年も後、パークはマグナム・フォトの最初のオーストラリア人正会員になる。けれど彼の見方が初めて形をとったのは「Dream/Life」だ。
強い日差し、深い影
シドニーの光は強い。真昼の太陽は、目のくらむ光だまりと、ほとんど真っ黒な影だまりをつくる。多くの写真家はその光を避ける。パークはまっすぐその中へ歩いていった。
彼の写真では、影は残りものではない。主となる形だ。歩行者が一本の日差しの帯で二つに切られる。会社員が建物の影に溶けていくように見える。顔は半分だけを残し、もう半分は黒に沈む。
天気も加わる。1998年、雷雨の中を走り抜けたあと、日よけの下で雨宿りする男。1999年、海外旅客ターミナルで雨の中に立ち、オペラハウスを眺める男。雨、日差し、影。街は、つかめないものから組み立て直される。
その結果は、暗く、謎めいた、夢のようなシドニー。青い港と澄んだ空の絵葉書の街ではない。誰かが気づく前に過ぎ去る、奇妙な瞬間の街。
小さな情景
パークは出来事を撮らなかった。ごく小さな情景を撮った。多くは一秒しか続かないもの。
サーキュラー・キーで歌う盲目の女性と、その前を通り過ぎる二人連れ。女性のハンドバッグからぶら下がるチューリップ。バルメインでフォルクスワーゲンから外をのぞく少年。マーティン・プレイスでストリートバンドを指揮する老人。ウェイバリー墓地をじょうろを持って歩く少年。マンリー近くの彫刻で遊ぶ子どもたち。ブロンテでスケートボードのランプをつくる少年たち。ピット・ストリートのイエスの扮装をした男。
ひとつずつなら、どの情景も小さな奇妙さにすぎない。集まると、群衆の中の孤独の肖像になる。人々はたいてい、まわりに人がいてもひとりだ。街の中にいながら、それぞれが自分だけの夢の中にいるように見える。
モノクロがその感覚を研ぎ澄ます。時を留める色がない。光と闇、そしてそのあいだを通り過ぎる人影だけ。
なぜ残るのか
「Dream/Life」は、ストリート写真が記録から遠くまで旅できることを示す。どの写真も、実在の場所の実在の情景だ。けれどパークの光の使い方が、それらを別の世界に変える。報道よりも夢に近い世界に。
森山大道のモノクロ写真と並べると、街をその縁から見る二つの方法が見えてくる。森山は粗い粒子と傾いた構図を使う。パークは強い光と深い影を使う。どちらも街を、見慣れていて同時に見知らぬ場所として撮る。
街には二つの生がある。ひとつは昼の、地図の上の生。もうひとつは、ゆっくり歩く人にだけ見える、光と影の帯の中の生。