エッセイ · 写真
ヴィヴィアン・マイヤー「Self-portraits」(セルフポートレート)。
Vivian Maier. Self-portraits.
彼女はそこにいる。だが、いつも少しだけ脇に。
カメラを持った乳母
ヴィヴィアン・マイヤーは1926年に生まれ、2009年に亡くなった。アメリカ人で、1950年代から約40年間、乳母として働いた。はじめはニューヨーク、のちにシカゴ。その間ずっと写真を撮り続けた。街の暮らし、見知らぬ人の肖像、世話をした子どもたち。そして自分自身。
生前、マイヤーが写真家であることを知る人はほとんどいなかった。展示せず、出版せず、観客を求めなかった。現像さえされなかったフィルムも多い。
2007年、彼女のアーカイブはシカゴの倉庫で偶然見つかった。120,000枚を超えるネガ、スーパー8と16 mmのフィルム、録音、プリント、そして数百本の未現像フィルム。アーカイブは競売を経て救い出され、そこでようやく人々は、彼女が見ていたものを見はじめた。
鏡、ガラス、影
そのアーカイブのなかで、マイヤーのセルフポートレートと影の写真は全体の4分の1を超える。誰にも写真を見せなかった人としては、大きな割合である。
それでもマイヤーは、自分の顔を正面から撮ることはまれだった。使ったのは街が差し出すもの。店に掛かった鏡。ショーウィンドウのガラス。光る金属の面。そして何度も、自分の影。歩道に、壁に、靴の前の地面に長く伸びた影。
これらの写真で、彼女はしばしばカメラとともに現れる。撮る者と撮られる者がひとつになる。ときに画面の端に座り、ときに半分切れ、ときにはっきりした線のない暗い形だけになる。見る者は彼女を探さなければならない。
そのためマイヤーの写真には独特の慎みがある。彼女はそこにいるが、場所を取らない。自分がそこにいたことを記録しつつ、画面は街に明け渡す。
影は、人のもっとも貧しい像である。目もなく、表情もなく、年齢もない。あるのは姿勢、午後の長さ、太陽の向きだけ。それでもこれらの影を長く見ていると、見る者は彼女を見分けはじめる。立ち方、肩、胸元のカメラ。もっとも少ないものによって見分けられる人。
セルフポートレートとその分身
2020年、ヘルシンキのケーブル工場にあるフィンランド写真美術館は、これらのセルフポートレートを展覧会「The Self-portrait and its Double」で紹介した。会期は1月17日から5月24日まで。キュレーターはアンヌ・モラン(Anne Morin)。1953年から1986年までの写真と映像83点を集め、フィンランドで初めてのマイヤー作品の展示となった。
題名は、これらの写真の特異さを指している。セルフポートレートにはいつも影が、複製がついてくる。映り込みのひとつひとつが、少しずれ、少し歪んだ、もうひとりのマイヤーであり、その外に立つ女性とは決して同じにならない。
並べてみると、写真は30年にわたり、街の表面を通して自分を見つめたひとりの女性を示す。見せびらかすためではない。おそらく、自分がそこにいたと確かめるために。リー・フリードランダーの写真にある影と映り込みに近いセルフポートレート。だが、より静かだ。誰にも見られるはずがなかったのだから。
マイヤーのセルフポートレートが記憶に残るのは、ふつうの順序を逆にするからだ。ふつう人は先に知られ、あとからじっくり見られる。マイヤーの場合、痕跡はすでにそこにあり、開かれる日を待っていただけだった。