エッセイ · 嗅覚アート
作者不詳、中国または日本「香炉」
Unknown maker, China or Japan. Incense burner (kōro).
一つの香炉、二つの故郷の候補、三つの時点。
The Metropolitan Museum of Art、Peggy and Richard M. Danziger 寄贈、2024(Open Access、パブリックドメイン) · The Metropolitan Museum of Art
重なりあう記録
2024年、ペギー・アンド・リチャード・M・ダンジガー(Peggy and Richard M. Danziger)は、ニューヨークのメトロポリタン美術館に銅合金の香炉を寄贈した。小さい。高さ7.6 cm、幅11.4 cm。手のひらに収まる。美術館はこれを Incense burner と呼び、括弧に日本語の kōro を添える。
記録を読むと、話がかみ合わない。文化:中国または日本。年代:15世紀。時代:清、18世紀、宣徳銘あり。宣徳は1426年から1435年までの明の年号である。
一つの物に三つの時点。刻まれた15世紀の年号銘。記録された15世紀の年代。並べて記された18世紀の清の時代。美術館は三つとも記録に残し、どれも消さない。
Penta は美術館に代わってこの結び目をほどこうとはしない。このエッセイは記録が語ることにとどまり、曖昧さそのものを見つめる。
宣徳という名
宣徳は明の第五代皇帝の年号である。その治世に、宮廷の工房はブロンズの香炉をつくり、後世はそれを手本として仰いだ。メトロポリタン美術館によれば、宣徳のブロンズはあまりに珍重されたため、17世紀以降、後代のブロンズにもしばしば宣徳の年号が記された。
だから銘は、いつも物の生まれた日を示すわけではない。敬意であることも、倣いであることも、価値を上げる手段であることもある。15世紀の銘をもつ18世紀の香炉は、単なる偽物ではない。自らを一つの系譜に置く物である。
この香炉の記録にいくつもの年代がある理由の一端はここにある。底の名は一つの時代を語る。素材と形は別の時代を語るかもしれない。研究者は二つの声を量りにかけねばならない。
中国または日本
名称にある kōro という語は日本を指す。だが記録には中国も挙がっている。この曖昧さには歴史がある。
14世紀から16世紀の室町時代、日本の武士や禅僧は、大陸から渡ってきた品を珍重した。唐物(karamono)、つまり中国の物と呼ばれる。中国のブロンズの香炉、花瓶、茶碗が海を渡り、座敷に飾られ、目録に記され、宝として受け継がれた。日本の職人はそこから学び、中国風の香炉をつくった。
同じ数世紀のあいだに、日本で香を味わうことは、しだいに作法をもつ営みとなり、のちに香道(kōdō)、香の道と呼ばれる。手に収まる小さな金属の香炉は、そうした集いに居場所をもった類の物である。この香炉がどこで使われたかを記録は語らない。だから Penta はそれをその文脈のそばに置くだけで、それ以上は進まない。
物が国から国へ移り、写され、銘を刻まれ、修理されるうちに、出自へさかのぼる道筋は薄れていく。メトロポリタン美術館の香炉は、その薄れを身に帯びている。一つの工房ではなく、一つの流れに属している。
日本の陶磁器も同じ道をたどった。17世紀の野々村仁清の香炉は、日本の香炉がのちに土と釉と色のなかに独自の姿を見いだしたことを示す。この小さな金属の香炉は、その道のもっと手前、線がまだはっきりしていなかったころに立っている。
いまはメトロポリタン美術館の228室にある。8センチに満たない金属。煙はなく、答えを待っている。