エッセイ · 嗅覚アート
脂肪族アルデヒド。清潔の匂い。
Fatty aldehydes. The smell of clean.
清潔とは、匂いがないことではない。
アルデヒドをひとつだけ嗅ぐ
脂肪族アルデヒドは鎖状の分子だ。炭素原子が一列に並び、その一端にアルデヒド基がつく。調香師は炭素の数で呼ぶ。C10 はデカナール(decanal)。C11 はウンデカナール(undecanal)。C12 はドデカナール(dodecanal)で、ラウリンアルデヒドとも呼ばれる。枝分かれした形もあり、たとえば 2 メチルウンデカナールは業界で MNA として知られる。
濃縮した C10 を一滴、紙のムエットに落とすと、第一印象は刺々しく、油っぽく、ほとんど不快でさえある。薄めると、タンジェリンとオレンジの皮になり、少し石鹸めく。C11 はよりやわらかく、蝋のようで、金属的。MNA は冷たく明るく、お香とタンジェリンの皮を帯びる。雪の匂いがすると言う人もいる。
自然と無縁なわけではない。オレンジの皮、マンダリン、コリアンダーの葉、コブミカンにも少し含まれている。けれどそこでは、より大きな匂いのごく一部にすぎない。単離され、高い濃度で使われたときにだけ、その性格があらわれる。
そしてその性格は、物の名では呼びにくい。人は吹き消したばかりのろうそく、綿にあてた熱いアイロン、洗いたてのシーツを挙げる。どれも瞬間であって、物ではない。
実験室から N°5 へ
化学者たちは19世紀には脂肪族アルデヒドを知っており、20世紀初めにはいくつかの香水に現れていた。だが精製が難しく、不安定で、たいていは控えめに使われた。
1921年、エルネスト・ボー(Ernest Beaux)はガブリエル・シャネルのために N°5 をつくった。雑誌 Nez によれば、彼は C11、不飽和 C11、C12 を合わせたものをおよそ1%使った。それ以前の香水よりはるかに多い量だ。質のよいアルデヒドは、リヨンの Givaudan からようやく手に入るようになったばかりだった。
N°5 はアルデヒドを使った最初の香水ではない。だがアルデヒドを主題にした。その下には大きな花束がある。ジャスミン、バラ、イランイラン、オリス。その上に、乾いて少し金属的な光がのっている。その光のせいで、花束はどんな庭にも似ていない。似ているのは、念入りに片づけられた部屋だ。
のちにフランス調香師協会は、この構造に独自の枝を与えた。フローラル・アルデヒディック。N°5 はその指標である。
状態としてのアルデヒド
香水の素材のほとんどは、物の名で呼べる。ローズオイルはバラ。サンダルウッドは木。バニリンはバニラ。脂肪族アルデヒドはそれを拒む。呼び起こすのは物ではなく状態だ。乾いている、清潔、明るい、冷たい。
だからこそ、香水からこれほど遠くまで旅したのかもしれない。洗剤、柔軟剤、ホテルのタオルの匂いは、その多くを同じ一族に頼っている。20世紀を通じて、それは人々に清潔を嗅ぐことを教えた。
脂肪族アルデヒドは、匂いの言語における抽象名詞のようなものだ。清潔を指さすことは誰にもできない。けれど誰もがそれを見分ける。
清潔は匂いなのか、匂いがないことなのか
清潔な部屋とは匂いのない部屋だと、私たちは考えがちだ。けれど真水で拭いた部屋と、床用洗剤で拭いた部屋に入ってみる。清潔に感じるのは後者だ。清潔には固有の匂いがある。
その匂いは一世紀にわたる学習の結果だ。ろうそくの蝋やオレンジの皮が、もともと洗いたての洗濯物を連想させるわけではない。その結びつきはつくられた。N°5 を通じ、石鹸を通じ、洗剤を通じ、何百万回もの反復を通じて。
だから脂肪族アルデヒドは珍しい素材だ。記録しているのは物ではなく、人の習慣。身のまわりの表面が、誰にも触れられていないように見えてほしいという願い。清潔を嗅ぐたびに、私たちは終えたばかりの仕事の痕跡を嗅いでいる。
Lê Mai のライブラリでは、脂肪族アルデヒドは柑橘の皮やコリアンダーの葉にわずかに含まれる分子として記録されている。その量では、N°5 がしたことはできない。ただ、乾いた光がひとかけらの果皮のなかにすでにあったことを思い出させるだけだ。