エッセイ · 嗅覚アート

N°5。花の代わりの数字。

N°5. A number instead of a flower.

花の名はない。数字だけ。

白い紙に黒で刷られた数字の5


1921年。名としての数字

1921年、ロシアで働いたのちフランスに暮らしていた調香師エルネスト・ボー(Ernest Beaux)は、ガブリエル・シャネル(Gabrielle Chanel)に二つの系列の試作品を差し出した。ひとつは1から5、もうひとつは20から24の番号がつけられていた。雑誌 Nez によれば、シャネルは5番の試作品を選んだ。その番号が名になった。

それまで、香水の名はたいてい物語を語っていた。花、人、場所、感情。数字は物語を語らない。列のなかの位置を記録するだけだ。

数字がそのまま残されたのは、ごく単純な理由からかもしれない。その結果は大きかった。嗅ぐ人は、何を嗅ぐことになるのか前もって告げられない。自分で嗅がなければならない。

香水の歴史のなかで、それは物語ることから一歩退くことだった。そして香りそのものへ一歩近づくことだった。

アルデヒド。どの庭にもない匂い

N°5 はアルデヒドを使った最初の香水ではない。けれど Nez によれば、ボーは C11、不飽和 C11、C12 のアルデヒドの混合をおよそ1%で用いた。それ以前のボトルよりはるかに多い。高品質のアルデヒドは、1920年からそれを生産していたリヨンの Givaudan の工場から来た。

脂肪族アルデヒドは、濃いと刺々しく匂う。薄めると、乾いて、蝋のようで、清潔に感じられる。石鹸や、日なたで乾かした布のように。どんな花にも似ていない。

Nez はまた、ボーが白夜の太陽の下の北の水の冷たい清々しさを留めたかったと記している。そうだとすれば、N°5 の背後にあった最初の像は庭ではない。冷たい風景だった。

アルデヒドの下には、ウッドとムスクの上に、ジャスミン、ローズ、イランイランの大きな花束がある。けれど花束ははっきりとは描かれていない。露出オーバーの写真のように、光に覆われている。N°5 はフローラル・アルデヒドの枝の道標になった。

抽象絵画の時代の抽象的な香り

20世紀の初め、ヨーロッパの絵画は具象を手放しつつあった。1915年、カジミール・マレーヴィチ(Kazimir Malevich)はペトログラードで『黒の正方形』を見せた。ピート・モンドリアン(Piet Mondrian)は一歩ずつ色の面と直線へ向かっていった。絵は、見る価値をもつために何かに似ている必要がもうなかった。

N°5 はその空気のなかで生まれた。しばしば抽象的な香りと呼ばれる。どの花にも似ないフローラル、輪郭のない花束。絵画が風景にしていたことを、それは花にしている。

名とボトルは同じ方向を指す。花の名の代わりに数字。白いラベル、黒い文字、絵はない。すべてが削られ、構造だけが残る。

まったくの偶然ではない。1920年代は、取り去ることもまた新しいものをつくるひとつの方法だと人々が信じた時代だった。

物がしるしになるとき

2012年、ニューヨークの Museum of Arts and Design は、エルネスト・ボーの Chanel N° 5 を The Art of Scent に、1889年の Jicky とともに加えた。香りはつくり手の名と年とともに、芸術作品のように美術館に置かれた。

このボトルはあまりに多く見られ、撮られてきたので、見慣れた形になった。1968年、アーヴィング・ペン(Irving Penn)は三つの Chanel の製品を撮影し、その写真には数とブランドと都市だけの題がつけられた。その写真も、ボトルと同じく、乾いた短い名づけ方を選んだ。

物は十分な年月をくぐると、それ自身であるだけではなくなる。ひとつの時代のしるしになる。人はボトルの輪郭を見て、あるいは数字を耳にするだけで、ひとつの世紀を思う。

2021年、N°5 は100歳になった。数字はいまも数字のままだ。けれどいまはそれを嗅いだすべての人の百年分の記憶を運んでいる。