エッセイ · 近代美術
バーネット・ニューマン。「Adam」。
Barnett Newman. Adam.
最初の人は、土の名を負っている。
Tate · Tate
茶と赤
「Adam」は大きな油彩画で、高さ約243cm、幅203cm。画面のほぼ全体が土のような茶色。上から下へ赤い帯が走る。左端には輪郭のやわらかい帯、中央の左には下に向かってわずかに曲がる太く重い帯、右にはごく細い帯。
こうした垂直の帯はニューマンの署名のようなもので、ジップと呼ばれる。ジップは画面を区画に分けない。逆に、画面全体をひとつの連続した体にし、その中を一本の光の線が走る。
近づくと、絵は視野を超える。両端を同時に見ることはできない。見る人は形を見るのではなく、色の中に立つ。
二度描かれた絵
「Adam」と「Eve」は、1951年4月から5月にかけてニューヨークのベティ・パーソンズ・ギャラリーで開かれたニューマンの2回目の個展の前に、彼が最後に仕上げた二点だった。その時点で「Adam」の帯は二本だけ。左のやわらかな赤い帯と、右の細いジップである。
翌年、ニューマンは中央近くに太い赤い帯を加えた。だからこの絵には1951年と1952年という二つの年があり、彼の書き込みもまさにそう記している。
テートの技術的な記録は、彼がどれほど慎重に仕事をしたかを示す。白い地の上に、薄い深紅の層を塗った。乾くと帯をテープで覆い、テープの際まで茶を塗り、ナイフで縁を鋭くした。テープが効かなかったところでは赤がはみ出し、彼はそれを再び茶で覆った。三本目の帯のためには茶をこすり落とし、ところどころ素地の綿布まで出してから、新しい赤を塗った。その帯はほかよりわずかに艶がある。絵にワニスは塗られていない。
見た目ほど静かではない。戻ってきた跡を帯びている。
最初の人の名
ニューマンは絵を仕上げたあとで題をつけた。1967年、デイヴィッド・シルヴェスターとのインタビューで、作品の感情的な内容を呼び起こす名、その感覚に対応する一種の隠喩を選んだと説明している。
1946年ごろ、約5年間ほとんど描かなかったあと、彼は再び描きはじめ、絵画を最初から考え直そうとした。「The Beginning」や「Genetic Moment」のような創造にまつわる題や、「Abraham」「Joshua」といった旧約聖書の名をしばしば選んだ。最初の人「Adam」は、その系譜に属する。
テートによれば、ヘブライ語の adam は人を意味し、土を意味する adamah に由来する。adom は赤、dam は血を意味する。したがって茶と赤は、人間と土の近さとして読めるかもしれない。妻のアナリー・ニューマンは、彼が adam のこうした意味について語るのを聞いたことがあると認めたが、この絵と結びつけて語ったことは一度もなかったという。
テートはさらに、ニューマンの垂直の帯が、神と人がひとすじの光として思い描かれるユダヤ神秘主義の伝統と関係しているかもしれないと付け加える。
「Adam」、「Eve」、そして友人
1950年に描かれた「Eve」は「Adam」より幅が狭い。鮮やかな赤の画面の右端に、細い紫の帯がある。二点は創世記の名を分け合うが、テートによれば、ニューマンはそれらを対とは考えていなかった。どちらも現在テートの所蔵である。
「Adam」の最初の所有者はコレクターのベン・ヘラーだった。アナリー・ニューマンによれば、ヘラーをニューマンに紹介したのはジャクソン・ポロックだった。1957年、ヘラーはアトリエから直接「Adam」を買い、のちに「Vir Heroicus Sublimis」も手に入れた。テートは1968年にヘラー夫妻から「Adam」を購入した。
この細部は、同じ世代のまったく異なる二人の画家を結ぶ。ポロックは絵具を横へ走らせた。動きに満ちて。ニューマンは静かな画面を残し、その中を一本の光の線が上へ走る。ロスコ・チャペルの暗いキャンバスの傍らで、「Adam」は当時のアメリカ絵画のもうひとつの道を示す。物語はない。あるのは色の前に立つ人と、ひとつの名だけ。