エッセイ · 嗅覚アート
ベルトラン・デュショフール。場所の匂い。
Bertrand Duchaufour. The smell of places.
匂いはどれも、かつて立った場所の痕跡。
Avignon、2002年。煙でできた街
2002年、Comme des Garçons はひとつのコレクションをまるごとお香に捧げた。Incense シリーズは五つの香りからなり、それぞれ場所の名をもつ。Avignon、Jaisalmer、Kyoto、Ouarzazate、Zagorsk。ブランドはこのシリーズを、世界の歴史的な中心地をめぐる精神の旅と説明している。
Avignon をつくったのはベルトラン・デュショフールだ。ブランドが公開する素材のリストは短く、具体的だ。ローマンカモミール、シスタスオイル、エレミ、お香、バニラ、パチョリ、ローズウッド。石にも回廊にも時間にも、ひと言も触れていない。その仕事は街の名が引き受けている。
アヴィニョンはローヌ河畔の古い街だ。その名を燃える樹脂の匂いにつけることで、嗅ぐ人はひとつの空間を思い描くよう誘われる。ひんやりとして天井が高く、壁は厚く、風がないので煙がとどまっている。匂いは場所を描写しない。人をその内側に立たせる。
お香と香水の歴史について書くなかで、雑誌 Nez は Avignon をシリーズでもっとも賞賛された香りのひとつと呼んでいる。2017年には、ロンドンのサマセット・ハウスで開かれた現代の香水をめぐる展覧会で、同世代の香りと並んで展示された。
セビーリャの一夜
別の物語は一冊の本のなかで語られる。香水について書く作家ドゥニーズ・ボーリュー(Denyse Beaulieu)は、デュショフールにセビーリャの聖週間のある夜のことを話した。花咲くオレンジの木の下での夜。その夜から、彼は一本の香水をつくった。フランス語で Parfums. Une histoire intime として出版された彼女の本が、その過程を記録している。
目を引くのは出発点だ。その香水は調香師自身の旅からではなく、ほかの人の語りから始まった。場所は別の人の記憶を通って彼に届いた。オレンジの花、祭りの夜、私的なひとときのぬくもり。
だから場所の匂いは、その場で記録される必要はない。その場所の記憶の匂いであってもいい。調香師は、言葉のない言語で、誰かの回想を書き写す人になる。
台所、絵画、そのほかの場所
デュショフールの香りにおける場所は、いつも街とは限らない。2000年代の初め、彼は Comme des Garçons のために Harissa を、L'Artisan Parfumeur のために Piment brûlant をつくった。唐辛子を軸に組み立てたふたつの香り。ここでの場所は台所であり、ソースの鍋であり、舌の上の熱だ。どちらもその後、製造が終了している。
ときに場所は一枚の絵画だ。Nez によれば、ピエール・スーラージュ(Pierre Soulages)の黒い outrenoir の絵画は、何人もの調香師に着想を与えた。そのひとりがデュショフールで、Naomi Goodsir のための Corpus Equus がそれにあたる。絵画もまた、その前に立つ場所だ。
並べてみると、これらの香りは装飾よりもフィールドワークに近い仕事の仕方を示している。どれも特定の場所から始まる。名前があり、温度があり、物がある。匂いは人に添える飾りではない。記録だ。
瓶にしまわれた場所
街の写真はその姿を残す。地図はその道を残す。匂いは、そのどちらも取りこぼすものを残す。空気を。
それは場所のなかでもっとも残しにくい部分だ。時刻、季節、そこに立つ人によって移ろうから。朝の石の空間の煙は、午後の煙とは違う。匂いはその流れの一瞬をとどめ、遠くへ運ぶ。
東京やサイゴンで Avignon を嗅ぐ人は、アヴィニョンに立っているわけではない。けれど、誰かがアヴィニョンから思い描いた場所には立っている。ふたつのあいだには距離があり、匂いはその唯一の橋だ。
展覧会「Perfume: A Sensory Journey through Contemporary Scent」は、どれがどれかを前もって知らせずに、Avignon をほかの香りとともに見せた。来場者の手にあるのは匂いだけで、その場所は自分で見つけなければならなかった。