エッセイ · 近代美術

カール・アンドレ(Carl Andre)。「Equivalent VIII」。

Carl Andre. Equivalent VIII.

同じ百二十個の煉瓦。違うのは並べ方だけ。

カール・アンドレ「Equivalent VIII」。黄褐色の耐火煉瓦120個を、床の上に低い二層の長方形に敷いたもの

テート · Tate



床の上の低いかたまり

「Equivalent VIII」は、黄褐色の耐火煉瓦120個を床にじかに敷き、隙間のない長方形にしたものだ。二層、一層の上にもう一層。一層に六十個、十個ずつ六列。高さは十三センチ足らず、幅は約六十八センチ、長さは二メートル三十近い。

台座はない。モルタルもない。切られた煉瓦も、彫られた煉瓦もない。煉瓦はぴたりと寄り合い、その重さがかたまりを保っている。

カール・アンドレがこの作品をつくったのは1966年。ロンドンのテートが1972年、ニューヨークのジョン・ウェーバー・ギャラリーを通じて作家から直接購入した。その四年後、この低い煉瓦のかたまりは、英国の美術館の歴史で最も話題になった作品の一つになった。

湖のように平らに

批評家デイヴィッド・ボードン(David Bourdon)によれば、アンドレは長く、自分の彫刻は低くあるべきだと感じていた。1965年の夏、ニューハンプシャーの湖でカヌーを漕いでいたとき、それが水のように平らでなければならないと悟った。

1966年3月、ニューヨークのティボール・デ・ナジ・ギャラリーでの二度目の個展で、彼は120個ずつの煉瓦のかたまり八つを寄木の床に並べた。120を選んだのは、多くの数で割り切れるからだ。かたまりがばらけず、十分な質量をもつよう、煉瓦は二層に重ねられた。分け方は四通り。3×20、4×15、5×12、6×10。煉瓦の向きによって、一つの分け方が細長い帯にも、正方形に近い形にもなった。

八つのかたまりは形がすべて違い、高さと質量と体積は同じだった。等価だった。アンドレは個展を「Equivalents」と名づけた。アルフレッド・スティーグリッツ(Alfred Stieglitz)の雲の写真シリーズと同じ題名である。

何も売れなかった。アンドレは煉瓦のほぼすべてを煉瓦工場に返して代金を返してもらい、200個だけを手もとに残した。もとの煉瓦は、ロングアイランド・シティの工場でつくられた青みがかった白の砂石灰煉瓦だった。1969年にシリーズを再制作しようとしたとき、その工場はすでに閉じていたため、ほぼ同じ大きさの黄褐色の耐火煉瓦を使った。テートのかたまりは、その再制作の一つである。

1976年の煉瓦騒動

1976年2月15日、サンデー・タイムズ紙がコリン・シンプソン(Colin Simpson)の記事を載せた。テートが高価な煉瓦をつかまされたという、駄洒落の見出しだった。全国紙が次々と加わった。論争は何週間も続いた。テートはのちにこれを煉瓦スキャンダルと呼んだ。

世間の問いは率直だった。建材店で誰でも買える煉瓦の山に、なぜ美術館の金が使われたのか。この問いは、まさにアンドレが意図したことに触れていた。彼は、自分の転機は素材を削ることから、すでに切りそろえられた規格品の単位で作品を組み立てることへ移ったことだと強調していた。

アンドレは1960年代アメリカのミニマリスト、ドナルド・ジャッドの世代に属していた。彼らは台座を捨て、手の痕跡を捨て、物語を捨てた。残ったのは素材、数、そしてそのまわりの空間である。

作品は部屋である

テートは一つの点を強調する。アンドレの彫刻は常に床に置かれ、台座には載らない。見るための物であるだけではない。空間の一部となり、見る者の部屋の中での立ち方を変える。

「Equivalent VIII」の前では、下を見なければならない。かたまりは見る者を圧倒しようと立ち上がりはしない。足の高さに横たわっている。すると部屋全体がふいに現れる。床、壁、人と物のあいだの距離。

騒動から五十年。1976年の問いはいまも有効だ。ただし逆向きに。煉瓦が芸術に値するかではなく、私たちがありふれた物を数秒以上見つめる忍耐をもっているかどうか。