エッセイ · 嗅覚アート

革。プロセスの匂い。

Leather. The smell of a process.

革の匂いは、動物ではなく火の痕跡。

白樺の樹皮と、濃い茶色になめした革のひと切れ


ロシアンレザーと白樺タール

ロシアンレザー、フランス語で cuir de Russie は、白樺の樹皮から取った油で処理した革だった。その油は革を水とカビに強くし、皮に独特の煙たい匂いを残した。何世紀ものあいだ、この革はヨーロッパじゅうで取引された。人は目で見分けるより先に、鼻で見分けた。

白樺の油はふつうのやり方では蒸留されない。樹皮と木を空気の少ない状態で熱し、灰になるまで燃やさずに、黒く粘りのある液体を出させる。これが乾留だ。ビャクシンの一種から取るカデオイルとともに、このように火でつくられる数少ない芳香油のひとつである。

その煙たさは、グアイアコールやクレゾールといったフェノール類から来る。木の煙、燻製肉、道路のタールに見られるのと同じ分子だ。鼻がそれらを結びつけるのは学習によってではなく、本当に近い関係にあるからだ。どれも、木が熱に出会ったときに起こることなのだ。

フランスでは、なめしと調香は長く連れ立って歩んできた。革の手袋には、皮の匂いを隠すために香りがつけられた。やがて隠すための香りが、手袋の匂いの一部になった。隠されたものと隠したものが溶け合った。

Cuir de Russie と20世紀初めの革の香り

香水が革を名乗りはじめたとき、借りたのはロシアの皮の名だった。雑誌 Nez によれば、エメ・ゲラン(Aimé Guerlain)は早くも1872年に Cuir de Russie を出していた。1919年、エルネスト・ダルトロフ(Ernest Daltroff)は Caron のために Tabac Blond をつくり、革をタバコと花のそばに置いた。Nez はそれを、革の系統を本当に開いた香水とみなしている。

エルネスト・ボー(Ernest Beaux)による Chanel の Cuir de Russie は、ふつう1924年とされるが、1927年とする資料もある。同じ頃、ウィーンの仕立て屋 Knize が Knize Ten を出した。これらの香水は、戦争を抜けたばかりのヨーロッパに現れた。革のコート、ドライビンググローブ、車の内装が日々の暮らしの一部だった時代。革はもう、なめし工房の匂いではなかった。新しい暮らし方の匂いだった。

フランス調香師協会はのちに革を独立した系統とした。その表のなかでいちばん小さく、三つの下位系統をもつ。その記述は起源に近いままだ。煙、焦げた木、白樺、タバコを通して革を組み立て直す、乾いた、ときにとても乾いた構成。動物についてはひと言もない。

イソブチルキノリン。革のない革

化学は別の道を開いた。イソブチルキノリン(isobutyl quinoline)は、革のようで土っぽく、少し苦い匂いをもつ合成分子だ。1944年、ジェルメーヌ・セリエ(Germaine Cellier)は Robert Piguet の Bandit にそれをきわめて高い濃度で使った。革はもう火も樹皮も必要としなかった。実験室の分子から組み立てられるようになった。

目を引くのは、その分子が白樺タールと同じ言葉を話すことだ。乾いて、苦く、少し煙たい。調香師たちは皮を写していたのではない。なめした皮が記憶に残す印象を写していた。記録の写し。

白樺タールはいまも使われているが、精製された形でだけだ。粗い油は加熱で生じた化合物を含んでおり、香りの業界が自らに課す規則である IFRA 基準は、それらを取り除いたグレードしか認めていない。火は匂いを与え、同時に取り除かねばならないものも残す。

皮に刻まれる火と時間

これらの事実を並べると、単純なことが見えてくる。革の匂いは仕事の匂いだ。樹皮を熱する。皮を浸す。油をすりこむ。乾かす。一つひとつの段階が層を残し、最後の匂いはその段階の総和になる。

古い財布、自転車のサドル、革の本の表紙。どれも、それをつくったプロセスと、それを使った暮らしの両方を運んでいる。手、埃、日差し、季節ごとにすりこまれた油。皮は記録しつづける。だから古い革は、同じ皮から切り出したものでも、新しい革とは違う匂いがする。

Penta は革の香りをつくらない。けれど革の匂いのつくられ方は、Penta が何を大切にしているかをはっきり語っている。香りは多くの場合、変容の痕跡だ。かつてのままの物ではなく、火と水と手と時間をくぐり抜けたあとの物。