エッセイ · 写真
ダウード・ベイ(Dawoud Bey)「Night Coming Tenderly, Black」
Dawoud Bey. Night Coming Tenderly, Black.
闇は危険であり、隠れ家でもある。
© Dawoud Bey · Whitney Museum of American Art
レールのない鉄道
地下鉄道(Underground Railroad)は鉄道ではなかった。19世紀、アメリカ南部で奴隷とされたアフリカ系の人々が北へ逃れるための、道、家、協力者の網の目の名だった。多くはさらにカナダへ向かい、そこでより自由に暮らすことができた。
オハイオは重要な通過点だった。小さな町ハドソンから、そしてクリーブランドから、逃げる人々はエリー湖の岸を目指した。湖の向こうにはカナダがあった。水が最後の通り道だった。
生き延びるために、この網の目は見えないままでなければならなかった。だから痕跡のほとんどは記録されなかった。多くの家や土地は、道の一部だったと噂されるにすぎない。銘板はない。当時の写真もない。
誰にも撮れなかったものを撮る
ダウード・ベイは1953年、ニューヨークに生まれた。何十年ものあいだ、肖像写真で知られてきた。若者たち、アフリカ系アメリカ人のコミュニティ、まっすぐこちらを見る顔。2017年の「Night Coming Tenderly, Black」は転換点だった。そこに人はいない。
ベイは、ハドソンとクリーブランドの家、畑、柵、森の縁、水辺を撮った。道の一部だったかもしれない場所。彼はそれを、逃げる人々が見たであろうように思い描いた。夜、暗がりから内をのぞくように。
シリーズは25点の大判ゼラチン・シルバー・プリントからなる。ベイはそれをとても暗く焼いた。灰色と黒が紙のほぼ全面を満たす。形は、見る人の目が慣れるにつれて、ゆっくりと現れるだけだ。
森、17番
ニューヨークのホイットニー美術館は、このシリーズから一点を所蔵している。「Untitled #17 (Forest)」。用紙は48 × 59インチ、約122 × 150 cm、画面は44 × 54 5/8インチ。エディション6のうちの4番で、2020年に美術館が収蔵した。
写っているのは夜の森。葉のない黒い幹が、灰色の地の上で交差する。はっきりした道はない。光もない。幅1.5メートルのプリントの前に立つ人は、その闇に囲まれる。
この大きさは見せるためではない。見る人を正しい場所に置く。夜、森の縁で、先に何があるのかを知らずに。
シリーズのどの写真も、どの家や畑が、どの夜に、誰をかくまったのかを語らない。ベイは何かを証明しようとも、出来事を再構成しようともしない。見る人をその場所へ、その時刻へ連れていき、あとは想像にまかせる。ここで歴史が語られるのは、記録によってではなく、闇の中で十分に長く立ち止まることによってだ。
やさしい闇
タイトルは、ラングストン・ヒューズが1926年に書いた詩「Dream Variations」からとられている。ヒューズの詩では夜がやさしく訪れ、その黒さは語り手の肌の色でもある。闇は恐れるものではない。休む場所だ。
ベイはその考えを歴史のそばに置く。逃げる人々にとって、夜は危険であり救いでもあった。道が見えにくく、追っ手が近くにいたから危険だった。闇の中では見られずにすんだから救いだった。
暗く、階調豊かなプリントは、写真家ロイ・デカラヴァ(Roy DeCarava)への応答でもある。デカラヴァはハーレムの黒人の暮らしやジャズ演奏家を、低く灰色のプリントで写した。そこでは人は光にさらされるのではなく、影から浮かび上がる。ベイはその見方を風景へと運ぶ。
もうひとつの夜のシリーズ、トレヴァー・パグレンの「The Other Night Sky」は、隠されたものを見つけるために空を見上げる。ベイは地面を見下ろす。生き延びるために隠れなければならなかったものを見つけるために。