エッセイ · 嗅覚アート

エドワード・キーンホルツ(Edward Kienholz)「The Beanery」

Edward Kienholz. The Beanery.

バーは見るだけの場所ではない。匂う場所でもある。

エドワード・キーンホルツ「The Beanery」:顔が時計になった人物たちがいる、再現されたバーの内部

Edward Kienholz「The Beanery」1965年、Stedelijk Museum Amsterdam · Stedelijk Studies (Stedelijk Museum Amsterdam)



歩いて入れるバー

1965年、エドワード・キーンホルツは「The Beanery」を制作した。行きつけだったロサンゼルスのバー、サンタモニカ大通りの Barney's Beanery を、実物大の部屋として再現した。来場者は外から覗き込むのではない。バーの中へ歩いて入る。

中は薄暗く、くたびれたバー。カウンター、スツール、客たち。キーンホルツはこの種の作品をタブローと呼んだ。家具と人物と独自の空気をそなえた、完全に演出された場面。台座の上の彫刻でも、壁の絵画でもない。ひとつの環境。

「The Beanery」は現在、アムステルダム市立美術館(Stedelijk Museum Amsterdam)のコレクションにある。ロサンゼルスのバーが、生まれた場所から地球の半周近く離れたオランダの美術館に置かれている。

17の時計の顔

バーには17体の人物がいる。人間の顔はない。頭は時計の文字盤で、針は止まった時刻を指したまま。

その細部が部屋全体を変える。バーは人が時間をつぶしに行く場所だ。キーンホルツは時間をまるごと止める。客たちは顔も表情もなく、ジュークボックスの音楽の中に座る。隣り合いながら、互いに見えていない。「Stedelijk Studies」に寄せたヨナス・ファン・カッペル(Jonas van Kappel)の論考によれば、この作品は周到な演出によって、疎外と隔たりを際立たせている。

音は二つめの層。ジュークボックスの音楽が部屋を満たす。三つめの、もっとも忘れがたい層が匂いだ。

手製の匂い

キーンホルツは、自分のバーがバーらしく見えるだけでは満足しなかった。バーの匂いがすることを望んだ。そこで彼は、合成の匂いを自ら調合した。「Stedelijk Studies」によれば、そのレシピはビール、油脂、防虫剤、たばこの灰、そして彼自身の尿を組み合わせたものだった。

どれも嗅ぎたいと思うものではない。合わさると、閉店間際のバーになる。カウンターにこぼれたビール、厨房の油、吸い殻でいっぱいの灰皿、隅のトイレ。そうした場所にいたことのある人なら、目が暗がりに慣れる前に、すぐにそれとわかる。

ファン・カッペルは、この不快な匂いが来場者を作品へ引き寄せると論じる。呼び起こされた場所を近くに引き寄せ、来場者と部屋との感情的な結びつきを強める。像は、ここがバーだと告げる。匂いは、それを信じさせる。

美術館で匂いを保つ

絵画は温度、湿度、光によって保存できる。匂いはできない。蒸発する。作品を完全なまま保つには、美術館は作家のレシピから匂いをつくり直さなければならない。

保存の記録によれば、市立美術館の修復家たちは「The Beanery」の匂いを何度も調合してきた。数か月に及ぶ修復のあと、作品は再び展示された。それは保存にとって本物の問いを投げかける。保存されるのは物か、レシピか。匂いが消えたら、作品はまだ完全なのか。

美術館の職員にとって、これは珍しい仕事だ。彼らは物を変えずに保つことに慣れている。ここでは、作家が望んだとおりの不快な匂いを、自らつくり出さなければならない。作品が作品であり続けるために。

「The Beanery」は、1938年パリのシュルレアリスム展の、コーヒーの香る暗い部屋から30年近くあとに生まれた。二つの部屋は一世代離れているが、同じことをしている。匂いを使って、空間を、来場者が本当に入り込む場所に変える。