エッセイ · 嗅覚アート
ミネッタ・ロジャース(Minetta Rogers)。「Ruminant Dance, Instructions Towards」。
Minetta Rogers. Ruminant Dance, Instructions Towards.
欲望は四つのステップを踏み、記憶になる。
画像提供:Minetta Rogers · Institute for Art and Olfaction
百年前の牡蠣
M・F・K・フィッシャーは、食について書いたアメリカの作家のなかでもっとも記憶されている一人だ。エッセイ「The First Oyster」で彼女は、1924年、女学生だったころに学校のクリスマス・ダンスで初めて生牡蠣を食べたことを回想する。この文章は牡蠣だけについてのものではない。若い人が欲することを覚え、見知らぬ味を好きになることを覚え、音楽とステップのただなかでそれに気づく話である。
その瞬間から一世紀後、ミネッタ・ロジャースはロサンゼルスのチョンキン・ロードにある IAO Gallery で、2024年12月6日から29日まで「Ruminant Dance, Instructions Towards」を展示した。オープニングは12月6日の夜だった。
ロジャースはロサンゼルスを拠点とする。美術に向かう前は California College of the Arts で建築を学び、建築とデザインの仕事をした。その後 The Institute for Art and Olfaction のプログラム・ディレクターとなった。ロジャースの実践は、小さく、使い捨てられる、日常の物を中心にしている。
ruminant とは反芻する動物のこと。この語には、ひとつの考えを何度も繰り返し噛みしめるという意味もある。題は回想のダンスを示唆する。過ぎ去った一夜を反芻すること。今度は鼻を通して。
四つのゼリー、欲望の四つの段階
インスタレーションの中心には、香りのついた四つのゼリーが左から右へ並ぶ。それぞれが欲望の道のりのひとつの段階である。
一つめは Flush、期待。松、モミ、蜂蜜の甘いウッディな香り。頬が色づく瞬間。まだ何も起きていないが、すべての準備ができている。
二つめは Florid、過剰な感情。スパイシーで土っぽい。クローブ、カシス、オークモス。何もかもが必要以上に強い。恋に落ちた人の言葉のように。
三つめは Flagrante、純粋な感覚。ハーブと海。カモミール、海藻、海。牡蠣が舌に触れる瞬間。塩、冷たさ、言葉はいらない。
四つめは Flattened、薄れていく記憶。アンバーとアルデヒドに、ワイン樽の気配。欲望は過ぎた。残るのは温かく、丸く、遠いもの。
四つの名はすべて F で始まる。ひとつのステップを繰り返すダンスのように。そして選ばれた素材はゼリーだ。食べ物であり、踊るように震えるもの。味と匂いの境界線上にある物。
コサージュ、ダンスカード、ワルツ
ゼリーのまわりには、舞踏会の物たちがある。1920年代に流行したワルツ、Hesitation Waltz の図。フォロワーのステップから描かれている。フェルト、針金、紐でできた、香りのついた百のコサージュ。紙、ベルベット、絵具でできた、香りのついた百のダンスカード。一枚ごとにエピグラムが記されている。
展示台には牡蠣の殻、本、香水が置かれている。
ダンスカードはほとんど姿を消した。かつての舞踏会で、客は曲ごとの相手の名前をそこに書き込んだ。夜が明けると、カードは記念品になった。その夜が本当にあったという証拠だ。コサージュも同じ。数日でしおれるのに、人はそれを押し花にして取っておいた。
ロジャースはもともと、小さく使い捨てられる物を扱っている。カードとコサージュはまさにそれだ。一夜のためにつくられる。そして一夜のためにつくられるからこそ、ほかの何よりも長くその夜を運ぶ。
欲望から行為へ、行為から記憶へ
インスタレーションはひとつの道筋をたどる。欲望が行為になり、行為が記憶になる。フィッシャーのエッセイも同じ道を歩く。好奇心の強い少女、飲みこまれた牡蠣、何年もあとに語られる話。
この道筋には、香りがほかのどんな素材よりもふさわしい。匂いには一生がある。立ちのぼり、数分間いちばん強くなり、やがて痕跡だけになるまで薄れていく。ロジャースの四つのゼリーは、その一生を四つの点に広げる。来場者がひと晩を歩くように、その上を歩けるように。
ギャラリーに食べ物を置くことは新しくない。数十年前、ダニエル・スポエリはレストランを開き、食事を作品にした。ロジャースは別のことをする。これらのゼリーは食べるためのものではない。嗅ぐため、思い出すため、味と匂いがずっとフロアを離れないパートナーだったと知るためのものだ。