エッセイ · 嗅覚アート
ジョナサン・ボールドック(Jonathan Baldock)。「Grave Goods」。
Jonathan Baldock. Grave Goods.
死者とともに埋められる物。そして匂いも去っていく。
手と足をもつ器
2022年の春、ニューヨークの Nicelle Beauchene Gallery は、イギリスの作家ジョナサン・ボールドックの「Grave Goods」を展示した。会期は3月3日から4月2日まで。
中心には、釉薬をかけた九つの炻器の器があった。その色は、私たちが喪に期待するくすんだ色ではない。深い深紅、コバルトブルー、鮮やかな釉のまだら。器の胴からは、陶でできた体の部位が突き出ていた。足。何本かの指。耳。舌。
これらの部位は、ボールドック自身の体から型を取ったものだ。指は彼の指、足は彼の足。作家は、死のためにつくられた器に、自分のかたちの一部を残した。
「Unfurl」と名づけられたひとつは暗い赤で、胴はつぶれた内臓のように皺が寄り、巻いている。別の「Boo-Boo」には、コバルトブルーの足が付いている。名前は子どもの冗談のように響く。それがボールドックのやり方だ。重い事柄を軽い声で、ときに暗いユーモアとともに。
中のハーブ
器の中にはハーブがあった。ローズマリー、ラベンダー、ニガヨモギ、ヨモギ、レモンバーム、ヤロウ。ヨーロッパの多くの地域で、葬儀や死者の世話と長く結びついてきた植物である。棺に入れられ、墓に置かれた。記憶のために、別れのために。
来場者は身をかがめ、鼻を器の縁へ近づけるよう促された。下がるよう求める掲示はなかった。作品を知るには、人に近づくのと同じくらい近くまで来なければならなかった。
遅れて来た来場者は、あることに気づいただろう。The Brooklyn Rail の書き手はオープニングから数週間後に訪れ、匂いがほとんど消えているのを見つけた。乾いたハーブはまだそこにあったが、ほとんど何も語らなかった。
それを展示の欠陥と呼ぶこともできる。作品のもっとも真実な部分と呼ぶこともできる。死をめぐる展示の匂いが、展示の日程に沿って死んでいった。早く来た人ほど多くを嗅いだ。遅く来た人は物だけを見た。
聖遺物箱と壁掛け
壁には、ボールドックが聖遺物箱と呼ぶ小さな作品が並んでいた。粗いヘシアンの上に、平たくつぶれた陶の顔、足、指。ヨーロッパの教会で、聖遺物箱は聖人の骨や髪の断片を納める。ここで納められているのは、生きている作家自身の体のかたちである。
二つの大きな壁掛け「Seasons in the Sun」と「In Your Face」は、キャンディ色のフェルトとヘシアンを手で縫い合わせたもの。初期ルネサンスの絵画を思わせる。ミルフルールの小さな花が一面に散る野、フリーズや祭壇画のような構図。口のない頭と陶の手が、平らな布から押し出てくる。
The Brooklyn Rail の評は、この展示に北ヨーロッパの民間伝承、バウハウスの舞台、1970年代のポップの痕跡を見いだした。源は互いに遠く離れているが、部屋は、同じ手仕事の丁寧さと、同じ少し暗い微笑みによってまとまっていた。
死者とともに行くもの
副葬品とは、死者とともに埋められる物である。古代エジプトから青銅器時代の墳丘まで、人々は最後の旅のために、壺や鉢や装身具や食べ物を墓に納めた。考古学は過去の暮らしを、主にそうした物を通して読む。
ボールドックはその名を借り、ひっくり返す。彼の器は地下にない。ギャラリーに、照明の下に、生きている人々のあいだに立つ。そして運んでいるのは金ではなく、ひとつかみの香りのよい枯れ草である。
匂いは死を近くへ連れてくる。器を見るだけなら、距離を保っていられる。嗅ぐなら、身をかがめ、息を吸い、物の一部を体に入れなければならない。親密な身ぶりであり、別れに近い。
やがて匂いは薄れる。器は残り、陶の足も残るが、作品のもっとも生きた部分が先に去っていく。ボールドックはこれを説明しない。部屋が語る。死の匂いを探しに行った作家はほかにもいる。「Thanatos」のエリック・フォンのように。だが、その匂いを来場者の目の前で死なせる作家は少ない。