エッセイ · 嗅覚アート
ルーシー・ドッド「Cake 4 Catfish」
Lucy Dodd. Cake 4 Catfish.
乾ききっていない絵は、まだ生きている。
ルーシー・ドッド「Beyond Blind (1981 ½)」、2013年 · Art in America
ナマズのパーティー
「Cake 4 Catfish」は、ルーシー・ドッドの David Lewis Gallery での初個展だった。ギャラリーは当時、ニューヨークのロウアー・イースト・サイド、エルドリッジ・ストリート88番地の5階に開いたばかりだった。会期は2013年11月24日から2014年1月12日まで。
オープニングは、魚介と菜食の持ち寄りの会と銘打たれた。ドッドはナマズのフライと、匂いの強いスープをふるまった。その夜の証言によれば、会は客どうしが誕生日ケーキを顔に投げ合って終わった。題は比喩ではなかった。本物のケーキと本物の魚があった。
けれど展示の匂いは台所からだけ来たのではない。壁の絵から来ていた。
絵具ではないもので描く
ドッドのキャンバスは巨大で、イラクサや酸化鉄など、絵具箱より台所や森でよく見つかるものが塗りつけられている。強い匂いとともに、絵は部屋のなかで発酵しているようだった。
2013年の作品「2 Doors, 1 Tomb, Coming Through the Back Side of Death-Right」の素材は、彼女の方法を示している。葉のエキス、マテ茶、ベリー、ワカメ、リキッドスモーク、野生のクルミの外皮、雲母状の鉄、スピルリナ、イチイの実、赤鉄鉱、黒い地衣類、尿、木炭、コンブチャのスコビー、イラクサ、顔料。十を超えるもの、それぞれに自分の色と匂い。
ドッドはイーゼルで描かない。キャンバスをアトリエの床にじかに敷き、その上に素材を流し、こすり、撒く。最初の大きな絵、約十二フィート四方は、ブルックリンのアパートの床でつくられた。
尿には尿の物語がある。のちのインタビューでドッドは、十三年間アトリエの助手だった自分の犬が、床に置いたキャンバスに放尿したことを振り返った。はじめは動揺した。やがて受け入れ、顔料を加えてみた。それは素材になった。
廊下と家具
入口の廊下は、雑然としたインスタレーションに占められていた。編んだロープの座面のブロイヤーの椅子が無秩序に置かれ、菱形の絵が壁に立てかけられ、奇妙な比率のガラステーブルがでたらめに置かれていた。
その雑然さが、ギャラリーをホワイトキューブではなく、人の住む家のように感じさせた。食べもの、家具、匂い。絵は生活から離れて立っていなかった。その一部だった。
ドッドは、これらの素材を使うのは意味があるから、自分がそれらと関係をもっているからだと語った。そして、無理にアイデアをひねり出そうとはせず、目の前にあるものをとるのだと。それが、彼女の絵が匂う理由を説明する。彼女は身のまわりで描いている。
生きたプロセスとしての絵
多くの絵は安定をめざす。絵具は乾き、ワニスが封じ、作品は変わらないよう一定の温度と湿度で保たれる。ドッドの絵は逆へ向かう。コンブチャは生きた培養物である。茶、葉、果実は有機物である。画家が手を止めたあとも、変わりつづける。
匂いは、その変化のいちばんはっきりしたしるしである。見る人は微生物の働きを見ることはできない。けれど嗅ぐことはできる。そういう絵は、壁の上で完全にじっとすることがない。
香りをつけたラードの塊を肌に塗るよう差し出すキャンディス・リンの「Swamp Fat」と並べると、「Cake 4 Catfish」は、有機物の匂いを副作用ではなく素材として扱う作家たちの姿を示す。
「Cake 4 Catfish」が残るのは、匂いを足さずに絵に匂いを与えるからである。匂いはすでに素材のなかにあった。ドッドはただ、それを隠さなかった。