エッセイ · デザインとしてのファッション

「Future Beauty: 30 Years of Japanese Fashion」展

Future Beauty: 30 Years of Japanese Fashion.

30年、いくつもの世代、美についてのひとつの問い。

バービカンの「Future Beauty: 30 Years of Japanese Fashion」展。展示室に並ぶ日本のデザイナーたちの服


ヨーロッパで初めて

「Future Beauty: 30 Years of Japanese Fashion」は、2010年10月15日から2011年2月6日まで、ロンドンのバービカン・アート・ギャラリーで開かれた。バービカンはこれを、1980年代初頭から当時までの日本の前衛ファッションを包括的に概観する、ヨーロッパ初の展覧会として紹介した。

主催はバービカン・アート・ギャラリーと京都服飾文化研究財団。キュレーションは同財団の理事長、深井晃子。ワコールが主要スポンサーを務め、資生堂も支援した。

京都服飾文化研究財団は、西洋の服、装身具、関連資料を収集している。現在、そのコレクションは1万3千点を超える。このような機関が日本の前衛ファッションの物語を語ったのは偶然ではない。デザイナーたちが何を変えたのかを見るには、彼らが何の前に立っていたのかを正確に知る必要がある。

バービカンは目的をこう示した。日本のデザインに固有の感性と、服に体現された美の考え方を探ること。

三人の先駆者、多くの後継者

デザイナーのリストは三つの名で始まる。三宅一生、川久保玲、山本耀司。バービカンによれば、彼らのような日本のデザイナーは、20世紀後半にファッションの基盤そのものを定義し直した。

けれども展覧会はそこで止まらない。続いて渡辺淳弥、高橋盾、栗原たお。さらに高田賢三、大矢寛朗、ZUCCA、津村耕佑、丸龍文人、中章、堀内太郎、坂部三樹郎。そして matohu、mintdesigns、minä perhonen、ANREALAGE、SOMARTA、Né-net、sacai といったブランド。滝沢直己は、イッセイ ミヤケのデザイナーとして登場する。

この最後の細部は、立ち止まる価値がある。創業者が仕事を他の人に手渡したあとも、メゾンは続く。ここでのファッションは、孤立した数人の天才の物語ではない。先を行った者と後に続く者のいる、ひとつの流れである。

上から下へ読むと、リストは30年をひと息に抱えている。かつて規則を破る者と見なされたデザイナーたちが、次の世代が自らの問いを立てる土台になった。

なぜ未来の美と呼ぶのか

題が選んだのは、スタイルでもトレンドでもなく、美という言葉。重い言葉である。これらのデザイナーが差し出したのは新しいシルエットだけでなく、何が美しいと呼ばれるに値するかについての別の考えだった、と示唆する。

未来という語も考える価値がある。2010年には、三宅、川久保、山本が1980年代初頭に始めたことは、ほぼ30年を経ていた。それでも展覧会はそれを未来と呼んだ。おそらく、彼らが投げかけた問い、身体について、布について、服と人のあいだの空間についての問いが、まだ開かれたままだったから。

こうした展覧会は、その観客についても語る。ロンドンで、ヨーロッパの来場者は、よその場所から来た人々の目を通して自分たちのファッションを見るよう招かれた。慣習が、急にそれほど自然には見えなくなった。

だから「Future Beauty」から残るのは、特定の一着ではない。この展示が新しいものを見えるようにするやり方である。古いものを消すことによってではなく、古いものがまだ聞いたことのない問いを投げかけることによって。


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