エッセイ · 嗅覚アート

テオプラストス。アリストテレスの庭の匂い。

Theophrastus. Smell in Aristotle's garden.

理論より前に、誰かが手間をかけて嗅いだ。

ホートによる1916年のローブ版、テオプラストス『匂いについて』の一頁


リュケイオン、紀元前4世紀

テオプラストスは、レスボス島のエレソスに生まれた。アリストテレスのもとで学び、アリストテレスがアテナイを去ると、リュケイオンを引き継いだ。その学徒たちはペリパトス派と呼ばれるようになった。師と弟子が歩きながら語りあった、屋根つきの回廊にちなむ名だ。彼はそこで数十年にわたって教えた。

アリストテレスは、動物についての大きな著作を残した。テオプラストスは、植物についての大きな著作を残した。『植物誌』と『植物原因論』である。そのため彼は、しばしば西洋植物学の祖と呼ばれる。その横に、いくつかの短い著作が並ぶ。香りについてのもの、天気の兆しについてのものなど。

『匂いについて』は写本で伝わり、1497年にヴェネツィアのアルドゥス版で印刷された。1916年、アーサー・ホート(Arthur Hort)がこれを英訳し、ローブ叢書の『植物誌』第2巻に合わせて収めた。この版は現在パブリックドメインにあり、誰でも読める。

本文は短い。詩もなく、神話もない。調香師たちに質問をしに出かけ、彼らの仕事をそばで見て、家に帰って見たことを書き留めた人の手帳のように読める。

『匂いについて』:油、樹脂、花、根

彼は一般的な所見から始める。香りは、味と同じく、混ざりあいから生まれる。単純なものには香りがない。次に、調香師が今も口にすることを記す。香りには、味がもつような固有の名前がない。味なら甘い、苦い、酸っぱい、塩辛いと言える。香りについては、よいか悪いかを分けるだけで、あとは刺すような、強い、かすかな、甘い、重いといった言葉に手を伸ばす。そのいくつかは、よい側にも悪い側にも使われる。

彼は人間の鼻の限界を認める。彼の考えでは、人の嗅覚はたいていの動物より劣っている。だから私たちが無臭と呼ぶものを、動物はなお嗅ぎとり、避けることがある。

論考の大半は香油についてである。調香師は固体を液体に混ぜる。花、葉、根、樹脂を油に浸す。花は表面に香りをもつので、香りが伝わる。アイリスやスパイクナードのような根は、香りを出すために搗かなければならない。花を潰すと、香りは悪くなる。乳香と没薬には穏やかな熱が要る。

彼は香水の保ち方を記録する。作り手は、日の当たらない、できるだけ陰になった上階の部屋を探す。油は鉛の容器か雪花石膏の瓶に入れる。鉛と石は冷たく、きめが詰まっているからだ。無色の香水もあれば、ある根で赤く染めた香水もある。ある調香師は、アイリスの香水を20年保ったと言った。

感情ではなく、素材で香りを分ける

『匂いについて』に分類があるとすれば、それは素材と方法による分類だ。花は根と違い、根は樹脂と違い、土台の油はそこに浸すものと違う。固体と固体を混ぜるのは、粉をつくる者の仕事。液体と液体は、ワインに香りをつける者の仕事。固体を液体へ入れるのが、調香師の仕事である。

気分の表はない。悲しい香りも、楽しい香りもない。テオプラストスが問うのは、香りが植物のどの部分から来るのか、どれほど持つのか、開くために何が要るのか、だけだ。机に向かう哲学者の問いではなく、仕事場に立つ人の問いである。

何世紀ものち、リンネ、ズワーデマーカー、ヘニングは、言葉と数と幾何学を使って、香りの普遍的な分類を探すことになる。テオプラストスは、彼ら全員より前に立っている。だから彼は、分類がどこから始まるのかを示している。ひとつの素材を手にとり、それが変わるのを見ることから。

理論より前の観察

彼の説明のなかには、もう成り立たないものもある。四元素は去った。だが観察は残り、その多くは今も鼻で確かめられる。花は届く。根は開かねばならない。樹脂には熱が要る。日光は香水を損なう。封をした容器と陰の部屋は、香りを長く保つ。

おそらく最も記憶に残るのは、書きぶりの慎ましさだ。問いを立て、ある調香師が語ったことを報告し、説明をひとつ差し出して、それを開いたままにしておく。すべての香りを、ひとつの枠に押しこまない。

今日読むと、この論考は理論の書というより手帳に近い。だからこそ、今も生きているのかもしれない。理論は時代ごとに変わる。根が搗かれるのをそばで見て、その香りを書き留める人は、古びない。